パリに来て、既に四度目の朝。今日も快晴。
ブーローニュの森に出かけましょう。

地下鉄でマイヨ門駅まで行き、そこから森の中へ。
ロンシャン通り。
森の中を車がビュンビュン飛ばして行きます。
しかしロンシャン通りから一歩森の中に入ると、そこは別世界。
最初のうちこそ周辺の街並みが見え、車の音も聞こえますが、しばらく歩くと、ここが都会の真ん中とは信じられないくらいの、本当の森。
夜だったら本当に怖いですよ。狼でも出そうな雰囲気。
それに迷いそう。


ガサッ、と音がしたので、そちらを振り向くと、ウサギが!
危害は加えないから近寄らせて、と追いかけましたが、すぐ草むらの中に消えてしまいました。写真は取れず残念。
また森の随所に池があり、鴨がいます。捕まえられそうなんですけど、無理ですよね。
規則的な人の足音が聞こえてきます。
えっ、何?と思っていたら、
何と若い女性が一人でジョギング。
マジー!!大丈夫ですか?
いくらパリジエンヌがジョギング好きだからと言って、こんな森の中を一人なんて、危なすぎません?
ジョギングだけでなく、格闘技の心得でもあるのでしょうか?
更に進むと、小さな車道があり、
そこに魔法使いのお婆さんが?!!
本当にそう見えるのです。黒いマントをはおり、きつい顔をした青い目のお婆さん。
朝の爽やかさに全く不釣合いな姿。
幻覚じゃないでしょうね、何してるんでしょう?
近づいていくと、というか一本道なので、近づかざるを得ないのですが、何と、
黒いマントの下はマイクロ・ミニスカート。
どきっとするくらい白くて長い足を見せ付けてきます。
そして上目使いに前髪をかきあげています。
森の中で、人間は私しか見当たりませんから、私に対して見せ付けているとしか考えられません。
これって、まさか・・・・・・・・
そうだったのです、パリの娼婦。
夜だったら顔が良く見えないので、結構エロチックかも。魔法に掛けられたように、森の中へ入って行くのでしょうか?そして二度と元の世界には戻れない・・・・・そんなことはないか。
踵を返して今来た道を戻るのも男としてシャクなので、目をあわさずまっすぐ歩きます。
すぐ横に来た時、話しかけられるかとドキドキしましたが、取って食われることもなく、何事もなく通り過ぎることが出来ました。
思い切り緊張しましたよ。
その先の小さな車道で、大きなダミ声が聞こえてきたので、何かを思って見ると、やはり黒いマントの女性が大声でトラックの運転手と話しています。価格交渉中のようです。
近づいてみると、女性なんだか、ゲイなのか分からないような、とても大きな姿。怖いですねえ。
勿論写真を撮ろう、なんて勇気はありません。
突然、目の前が開け、湖が!
森の中を彷徨い続けているうちに、アンフェリウール湖に来たようです。
アンフェリウール??下の方とか劣っているという意味ですが、一体何が劣っているのでしょう?
言葉とは真逆の美しい湖です。
これがパリのど真ん中にあるのですよ。
そこからドフィーヌ館方面に向けて歩きます。
結構歩きましたが、下が石畳じゃなく、土だったせいか、足首に優しいハイキング。
ドフィーヌ門駅から地下鉄で、今度はモンパルナス方面に足を伸ばしましょう。
ホラー好き・心霊モノ好きの私がまず目指したのは、カタコンブ。
600万体もの人骨が積み上げられている地下墓所。
1.7キロも続く、人骨がびっしり積み上げられた地下墓所。
しかし現場に来て唖然!
人気のない恐怖の入口かと思ったら、人人人の大行列。交差点を曲がっても行列は続きます。
入口を見ると何やら整理番号を渡しており、確か190番くらいの番号。
しかも少しずつしか入れないのか、行列は殆ど進んでいる気配がありません。
一体何時間待てば入れるのでしょう?
世の中には物好きな人が多すぎます。(私もですが)
残念ですが、諦めましょう。
モンパルナスの街中をプラプラ歩きます。
パリの日常の生活があります。
そうこうするうちに墓地に。
そう、これが有名なモンパルナス墓地。
有名人が沢山眠っています。
かなり広い墓地。東京で言えば青山墓地?
立派な墓石が沢山あります。
そんな中でお目当ての一つがサルトルとボーボワールの墓。
あの大革命のロベスピエールが設立した、
超秀才学校エコール・ノルマル・シューペリウール
(高等師範学校、ソルボンヌ大学より遥かに偏差値が高い学校)の主席卒と次席卒の二人が、
今並んで一つの棺に入っています。
周りの立派なお墓と比較すると、かなり地味。
既に30年前になる私の仏文科学生時代、既にサルトルは下火でしたが、それでもサルトルを読んだことない、サルトルについてイッパシに議論が出来ないと格好が付かなかったものです。
今考えれば青臭い臭いがプンプンしますが。
社会と戦い、最後まで結婚もしなかった奇妙な関係の二人は、今は平穏に眠っているのでしょうか。
それともあちらの世界でも戦っているのでしょうか。
そこからさほど離れていない所で人だかりが。
観光客が写真を取り合っている墓は、シャルル・ボードレールの墓。
これだけ名声を博していながら、生きている時の彼は決して幸せじゃなかったと思います。
そのためか、お墓も小さい。
写真が置いてなかったら誰も気付かないような片隅に小さくたたずんでいます。
シャルル・ボードレールの名前も、一族の名前の中に紛れています。
サルトルが常に攻撃的で前向きだとすれば、ボードレールは多分に屈折して後向き(言いすぎか)。
「後悔」とか「たそがれ」という言葉が、彼の詩には頻繁に出ていているように思えます。
あれほどパリを愛していながら、決してパリから愛されたとは思えなかったボードレール(少なくとも生前は)、
今は世界各地の人々からこんなに祝福されて幸せですか?
もう一人のお目当ての、マルグリット・デュラスとギー・ド・モーパッサンは墓がどうしても見つかりません。
「モーパッサンのお墓がこの辺にあるはずなんですけど、知りませんか?」と、お墓の門番に聞いてみましたが、「そんなの俺が知るか」と言われました。
私の発音が悪かったせいでしょうか、
それとも彼がモーパッサンを知らなかったのでしょうか。
それにしても、いつまでもここに佇みたくなるのはなぜでしょう?
フランスのお墓は日本のお墓と違っていることがあります。
それは、お墓の上に石碑があり、亡くなられた人へのメッセージがよく書かれていることです。
写真が入っていることもあります。
「大好きなパパとママへ。永遠に忘れません」
「先生の思想は、今までもこれからも、私達生徒の頭の中で生き続けます」
「あなたは立派な作家で哲学者でした。私達は今でも沢山あなたを愛しています」
大きくて立派な中国人のお墓もあります。
中国語は分かりませんが、多分文字から推測するに、こんなことを言っているのではないでしょうか?
「異国の地に来て、魂故郷へ帰る」
「27歳の若さで亡くなった美しくて聡明な妻へ」
「いつまでも愛している」
知らない人のお墓ですが、愛と哀しみのこもった石碑のメッセージを読んで歩くと、
時々涙ぐんでしまいます。
枯葉散る、静かな街中のお墓、
結局3時間もいてしましました。
さあ、今日は妻子もパリへ到着。一人旅はこれでお終い。
明日はどこに行くのでしょう?
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