晩秋のこのま沢キャンプ場・奥相模湖~源泉かけ流し「いやしの湯」

11月も終わり。とはいえ、紅葉はこれからなんですよね。しばらくぶりに一人で里山歩きをしましょう。
道志の奥相模湖周辺を歩き、〆は青根緑の休暇村いやしの湯。
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20081188_042まずはこのま沢キャンプ場。
語りきれない程の思い出が一杯詰まったキャンプ場。
キャンプ狂いだった我が家の定番キャンプ場の一つ。

お客は一人もいないようです。
暇を持て余している管理人さんに、「以前は本当に良く来たんですよ」と言うと、無料で駐車場使って良い、とのこと。

空っぽのキャンプ場内をセンチメンタルジャーニーします。
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20081188_011奥の滝。夏、水着でこのすぐ近くまで近づき、そこから水に浮かんでいると、速い川の流れに乗って、どんどんキャンプ場の前まで運んでくれます。
でも、この滝で人が溺れ死んでいるんですよね。確か、お医者さんだったと記憶しています。
実際、この滝の下ってすごく深く、水がそこだけ荒れ狂っているんですよね。近寄り過ぎて怖い思いをしたこともあります。

キャンプ場を出て、奥の集落まで歩きましょう。橋から見た景色が最初の写真。
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20081188_031長閑な家々。
猫がまどろんでいます。

それに柿。
パリの秋は黄色でしたが、日本の秋は赤色、それも赤い紅葉と柿でしょう、
やっぱり。

20081188_028集落を越えて、どんどん山に登って行きます。

対岸の集落が見えます。

しかし湖らしきものは見えません。
いつまでも渓流ばかり。
これが既に奥相模湖?

20081188_045今度はその対岸に向かいます。何とか奥相模湖を発見したいのですが、なかなか見るかりません。やっぱり見えるのはただの渓流。

ひょっとして、奥相模湖って
幻の湖?
それともこの渓流が突然湖に変身するのでしょうか?

興味をそそられますが、どうしても河岸に出れないのです。神秘の湖なので、アクセスを拒否してるよう。

諦めて車で移動。
すると突然目の前に小さなダムが!
20081188_058見ると、上流は渓流。
僅かダムのすぐ手前だけが水が溜まっています。

そう、これが奥相模湖。
20081188_056湖と言っても、普段はただの渓流なんですね。
雨が降り続くと、河岸が消え、
湖が出現するんですね。
本当に幻の湖です。

下流を見ると、谷底へどーんを落ちています。
ダムだから当然ですが。

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そこからすぐ近くにあるのが、緑の休暇村センター。
ここもキャンプ場なんですよね。
どうしてもこのま沢に行ってしまうので、一度も来ませんでしたが。

やはり誰もキャンプしていません。
ほんの一月前までは、あちこちにテントが張られ、子供達の歓声が響き渡っていたことでしょう。

主役がいないキャンプ場って、喪失感に満ち、寂しい光景ですよね。

さて、そこそこ歩いたところで温泉と行きますか。

20081188_076源泉かけ流しの天然温泉、いやしの湯。
以前はありませんでしたよ。

道志はキャンプ場銀座と呼ばれていて、道なりに幾つもキャンプ場が連なっていますが、
風呂のあるキャンプ場は当時は限られていました。
風呂のあるキャンプ場として一番のお気に入りはやぐら沢キャンプ場でしたが。そんな恵まれたキャンプ場以外に宿泊した時は、道志の湯に行くしかありませんでした。トレッキングした人達も含めて皆がそこで風呂を求めたので、とても混んでいましたよ。
その後、紅椿の湯が出来て大分様相が変わりましたが。

中に入ると、まず正面に源泉かけ流し風呂があります。本当にかけ流しなせいか、ぬるい。正直なので全然暖めていないのですね。

露天もまあまあ。風呂から渓流が見え、なんてことはありませんが、紅葉した山並みが見えます。

日本の秋を噛み締めながら、
極楽極楽。


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パリ(その6) シテ島ステンドグラス~ パリ最後の一日

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モン・サン・ミシェルからパリに帰ってきて、さて、今日はどこに行こうか、と思う間もなく、妻がステンドグラスが見たいからシテ島のサント・シャペルに行きたい、とのこと。

P27891050063P27891050064中に入ると、期待してなかった分、一面のステンドグラスに想定外の感動。
これって、ただデザインされてるのでなく、聖書のストーリーになってるんですよね。
日本語の説明文に従い、絵解きを試みましたが、途中で断念。

そしてノートル・ダム・ド・パリへ。
P27891050071中へ入ると、抑揚はあまりないけど、染み渡るような、良く通る男性のフランス語(意味は分かりませんでしたが)。
ミサをやってるのでしょう。
大きな大きな聖堂一杯に響き渡ります。

P27891050066続いて、これまた信じられないくらい透き通るような女性のソロの歌声。
意味は勿論分かりませんが、思わず聞き入ってしまいます。

そして世界各国から来たと思われる信者が大司教(?)の前に次々跪いて頭を垂れて、十字を切っています。
意外なことに、これに娘達がいたく感動。
本物のキリスト教を見たのは初めてだからでしょうか。

私達夫婦は聖堂に関しては幸運です。数年前夫婦でイタリア旅行をした時も、バチカンで法王にすぐ近くで会うことが出来ました。

しばしぼーっと聖堂内の椅子に座って、俄かキリスト教徒の気分を堪能。

そして外に出て聖堂の横を歩きます。外側って本当に怖いですよね。悪魔や気味悪い化け物が一杯貼り付いていて。「内」は平穏な信仰の世界、「外」は悪と堕落の世界なんですね。

隣のサンルイ島でパリジエンヌの真似してお茶(冒頭の写真)。
初日に私がステーキを食べた所と同じカフェ。

P27891050083いつまでもいつまでも、こうしていたいですね。

日が暮れて行きます。

夕日で、ノートル・ダム・ド・パリが更に
厳かになっていきます。

薄暮のサンルイ島を歩き、そしてセーヌ川を渡ります。
妻が事前に調べておいてくれたのですが、アラブ世界研究所の屋上テラスからの眺めが良いとのこと。
行ってみると確かに素晴らしい眺め!
P27891050086写真では綺麗に撮れませんでしたが、パリって本当に夜景がきれいですよね。街全体が劇場のようです。

P27891050093さて、本日が私にとって
最後の晩餐。

オペラ座近くのレストラン シェ・クレマンで
スペシャル・ディナー。

最後の晩餐なので、オイスターをしこたま食べた後、ぶ厚いステーキを赤ワインで流し込みましょう(ずっとそうだたかも)。

P27891050091オヤジ ベロンベロン、
妻子呆れ気味。

それにしても毎晩毎晩良く食べ良く飲んだ一週間でした。
だから毎日かなり歩いてるにもかかわらず
体重は減りませんでした。

P27891050111翌朝はあまりゆっくりはしてられません。私が帰国する日だからです。

最後だから、というので、バトームーシュに乗りました。
ここ数日散々歩いた河岸を船から眺めます。
これでパリも見納めと思うと、切ないですね。

最後はオルセー美術館。
時間があまりないため、印象派を中心に、駆け足でかろうじて半分位見ただけ。落ち着きませんでした。

P27891050127妻子とはここでお別れ。もう一日パリに滞在するからです。

まさか「これが妻子を見た最後の姿だった」なんて、サスペンス番組のようにはならないですよね。

美術館で一番気に入ったのは、意外にも、美術館の上の大きな時計。
そういえばオルセー美術館って、昔は駅だったのですよね。
この駅に到着すると、いきなりセーヌ川を目にします。
「やったー、パリに着いた!」と歓声を挙げたのでしょうね。
そして、パリを去る時、セーヌ川を背後に、駅舎のこの大きな時計を見て、
「あと何分でパリとお別れだな」、と感じ入ったのでしょう。
「今度パリに来るのはいつのことだろう」と。

私も同じです。
「今度パリに来るのはいつのことだろう」
「定年になって、また妻と二人で来るのかな」
「さすがに家族4人で来ることは一生、二度とないよな」・・・・・

P27891050123時計の針の向こうに、サクレ・クール寺院が見えます。
いつか、またパリの来れますように。

Au Revoir(またね)

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パリ(その5) 国鉄ストのため? 閑散としたモン・サン・ミシェル

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シャンゼリゼ通りのレストランでしこため飲んでホテルに帰ると、とんでもないことが!
何とフランス国鉄がストライキだと!明日は国鉄に乗ってモンサンミシェルに行く予定なのに。
家族皆泣き顔。明日には終わってることを祈って寝ましょう。

朝起きてホテルのフロントに聞くと、動いてはいるようだが、駅に行って見なければ分からない、とのこと。
再び祈るような気持ちでモンパルナス駅へ。

P27881050060確かに動いてはいるようですが、ダイヤがメチャメチャ。予約していたTGVは運休。駅員に聞くと1時間後にレンヌ行きのTGVが出るとのこと。指定券は全て無効なので、席は早いもの勝ち。何番線か分かるまでカフェで時間潰し。(フランス国鉄は発車20分前位になるまで何番線から出るか分かりません)

そして掲示板に○番線と表示されるや否や、長女がダッシュ。家族皆走って無事シート確保!
取りあえずレンヌまでは行けそうです。

P27881040874さて載ったは良いが、レンヌからはどうするのか?バスは当てにならないので、ローカル線でポントルソ駅まで行き、そこからタクシーでも拾おうか、と考え、車掌に聞くと、ローカル線はまだストやってるから全面運休だと!
ではどうしたら良いか、と詰め寄ると、唯一つの方法は夕方17:30にレンヌ駅から出るバスだけだと!
冗談じゃない、レンヌで半日潰せだと。
とするとタクシーしかありません。車掌はタクシーで行くには遠すぎると言いますが、やむを得ません。
駅出口が車両前方か後方かを確認して、レンヌ直前には先頭車両で待機。到着するや否や、再び長女がダッシュ。
見事タクシーをゲット!
おそるおそる料金を聞いてみると、約100ユーロだとのこと。1万2千円程度、行くしかないでしょ。

P27881040883そこからは快適タクシーの旅。途中の田舎風景は予想外に素敵。

30分位走ったでしょうか、鉄道踏み切りを越えましたが、すぐ横が駅。それがモントルソ駅。
超超ローカル駅、バスもタクシーもありません。
もし国鉄が動いていてレンヌからこの駅に来たら、降りた瞬間凍りついたでしょう。なすすべもなく。

P278810408851時間も経ってないでしょう、

牧草地の向こう側に何やら、
モンサンミシェルらしき姿が!

P27881040887そして、来ました、モンサンミシェル。
車内で歓声が響きます。
何ともハプニング続きでしたが、無事到着。

タクシーを運転していた女性に、明日も迎えに来て、と約束して、
いざ観光。

P27881040892P27881040888P27881040897_2テレビで良く見るモンサンミシェルは、竹下通りか江ノ島弁天通りか、というくらい、観光客で溢れかえっていますが、なんのなんの閑散として快適。
季節のせいか、
国鉄ストのせいか。

さっそく何か買って食べています。

ホテルのチェックインまでにはまだまだ時間があるので、ぶらぶら歩きましょう。
P27881040901P27881040907
P27881040904P27881040923P27881040918

狭い島に、寸分の隙もないくらい建物が建っています。

人一人がかろうじて通れる道もあります。

そしていよいよ修道院に入ります。
P27881040925かなりハードな階段続き。

何と日本人高齢男性と思しき人が担架で運ばれてきました。
あまりのハードな階段にぶっ倒れたのでしょう。
連れの女性らしき人とツアーのガイドが心配そう。

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P27881040954修道院の中を回ります。日本人観光客のツアーが幾つもあり、娘達が説明を聞いています。無料観光案内ですね。
それにしても一体何グループの日本人ツアーがあるのでしょう。パリからの日帰りツアーのようなので、皆もうすぐ帰るはずです。

P27881050144観光ショップで漫画を買いました。日本語訳も出ています。早速買ってペラペラ流し読み。この修道院を巡る血なまぐさい歴史が一杯書かれています。
その中で私が一番驚いたのは、この島まで鉄道が引かれていて、昔の人は鉄道でここに来たということ。
100年前のこと。ちょっとびっくり。

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P27881040977修道院を出て、外壁の歩道を歩きます。昔はこれを城壁として兵士が侵入してくる敵と戦っていたのですよね。壁から覗く小さな鉄格子の窓が所々に。

今は平和な遊歩道ですが。

さてそろそろホテルのチェックインタイム。レ・テラス・プーラール。プーラールは、この地でオムレツを作った女性の名前です。高台の別館を予約してあります。

P27881050024なかなか、というかかなり素敵なホテル。
階段にはここを宿泊した人の写真やサインが隙間なく貼られています。世界的俳優も歴代大統領も宿泊してるのですね。

そして3階の私達の部屋。
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P27881040982窓を開けるとモンサンミシェルの街並みと干潟が、

逆側の窓を開けると修道院がどーんと聳え立って見えます。

私と次女はしばし休憩。長女は妻を連れて更に島内歩き。

夜になりました。
まともにランチを取っていなかったので、腹ペコ。

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それにしても何て人通りの少ない道。
これがテレビで映っている混雑した通りと同じとはとても思えない。
国鉄ストに感謝した方が良いのでしょうか。

レストランも閉まっているところの方が多いかな。
私達は、宿泊ホテル経営のレストランへ。
しっかり窓際をキープ。といっても夜で外は真っ暗ですが。

P27881050011オイスターやムール貝、伊勢海老等海の幸を沢山食べて、

極楽極楽。

そして食後の散歩をしながら、島の外から撮ったのが冒頭の写真。
昼間より幻想的。
自分がこの世にいるのかあの世にいるのか、分からなくなります。


翌朝、朝早く長女が私達の部屋に入って来ました。
日の出を見るのだそうです。

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日の出前の厳かな雰囲気の後、太陽はホテルの真正面から上がりましたが、雲の間からモコモコと出てきた感じ。

P27881050046ホテル別館前で記念撮影。

そして、夕べと同じレストランで朝食を取ると、もうそろそろ昨日のタクシーの女性運転手が来てくれてる時間。
最後は結構そそくさと出発することに。

P27881050054昨日と違って快晴の空。鮮やかな浮かび上がったモン・サン・ミシェルが視界から消えて行きます。
家族の悲嘆の声が。

夢のような一日でした。

一日だけ、あの世を旅したような。

P27881050059それにしてもレンヌのタクシーの運転手さん、ありがとう。
彼女がいなければ、どうやってレンヌまで帰ったものだったか。

感謝の記念撮影です。

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パリ(その4) 家族再会~パリ夜景

P27891040849パリ4日目、ブーローニュの森~モンパルナス墓地散策を終え、ホテルに一時休息に戻ります。
そこで妻子到着。喜びを分かち合った後、早速家族散策開始。
オペラ座が近いので、まずはオペラ座まで行き、そこからはただ無目的に夜の街並み歩き。
P27891040826私一人で歩いているより遥かにローペース。
というかちょっとお洒落な店を見つけると、すぐ入りたがるので全然先に進めません。
ショッピングは、私が帰国した後の最終日にしてくれ、との約束も反古にされかねない勢い。

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P27891040830マドレーヌ寺院からバンドーム広場で、そしてサン・トノレ通りを散策。
そしてコメディーフランセーズ前まで歩いたところで、山積みされたオイスターと伊勢海老に惹かれ、南欧海鮮レストランに入ってしまいました。日本でも最近滅多にない4人揃ってのディナー。
娘達はなぜかオイスターに感動し、大皿をお替り。私は日本の牡蠣と変わりないと思うのですが。

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実は今晩は、イリュミネーション・ツアーを予約しており、それまでの時間、夜のルーブルで時間つぶし。
昼と違って観光客が殆どいず、独り占めした心境。


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そしてバスが到着し、イリュミネーション・ツアー。
エッフェル塔と凱旋門では、バスを降り、撮影大会。昼とは違った幻想的光景。

すっかり夜のパリを堪能してホテルに帰りました。
程よい疲労感と共に、眠りにつこうと思った矢先に、私は気付きました。
デジカメがない!

まさか、とは思いましたが、本当にない。眠気がすっ飛びます。
既に寝入っている次女を除き、家族パニック。

深夜だというのに、ホテルの扉を開けてもらい、帰り際立ち寄った閉店間際のコンビニ風スーパーMONOPのレジの人に聞いたり、バスを降りた地点まで道を隈なく探したりしましたが、見つかりません。
今まで撮影した写真が全部パー?
頭の中は真っ白。
唯一の可能性は、バスの中で落としたこと。これに賭けるしかありません。

眠れぬ夜を過ごしながら、と言いつつ、しっかり寝てしまい、翌朝。

最後の望みに繋ぐべく、旅行代理店に。
長女にケータイで旅行代理店の位置を探し出してもらい、シャンゼリゼ通りを一本裏に入った事務所に行きました。
そして事情を話してみると、
何と昨晩のツアーのガイドがバスに落ちていたデジカメを拾っていたとのこと、
本日15時頃それを事務所に持ってきてくれること、を確認。

家族全員「ヤッター」でしたよ、本当に。
と同時に、「本当にパパは間抜けなんだから」の合唱。
でも本当に良かった。
出てこなかったら、そもそもこのブログは存在しなかったでしょうし。

雨が降りそうだったので、今日はパリの街を歩き続けるより電車に乗ってヴェルサイユに。
モンパルナスの駅に出て、ヴェルサイユに向かいます。快速電車らしく次の停車駅がヴェルサイユ。
20分もかからずに到着。

結構ローカル駅。
そこからテクテク街中を歩くと、ようやく目の前にどーんとヴェルサイユ宮殿が!
残念ながら写真は一切ありません。

あそこがマリーアントワネットが革命で血走った群集に挨拶をしたバルコニーだね、
ここがマリーアントワネットが輝いていた大広間だね、
ここがマリーアントワネットが出産した寝室だね、
その隣が衛兵隊長だったアンドレ?が控えていた衛兵部屋だね、
ここがマリーアントワネットが社交場に嫌気がさして野菜を作っていた離れのプリ・トリアノンだね、
ここが革命の時、囚われの身となって馬車でパリ・コンシエルジェに送られる時夫と最後に見た庭園だね、
とルイ14世そっちのけでマリーアントワネットの話ばかり。

宮殿・庭園をことこと回るプチ・トラムは是非お奨め。
石畳をダンパー(バネ)なしで走るお尻に響く走り心地は、まるで馬車に乗ってるよう。

帰りは同じ電車じゃ面白くないからと、ヴェルサイユ左側駅。
そして今回私が一番気に入ったのが、ここからパリ・サンラザール駅までの旅。

パリをぐるっと回ります。
昨日歩いたブーローニュの森も良く見えます。
デファンス駅では、隣に地下鉄一号線が見えます。
新宿副都心のようなデファンスを過ぎると、パリ下町を通り抜け、
最後はセーヌ川を渡ってサン・ラザール駅に到着。

駅からはデジカメを受け取るべく再びシャンゼリゼの旅行代理店へ。
拾ってくれたガイドさんへ、ちゃんとお礼を言いたかったのですが、既に別のツアーに出てしまったとのこと(注)。
ほっとしたら腹が減ってきたので、ディナーにしましょう。

P27891040855シャンゼリゼ通りに面しているアルザス料理のレストラン ラルザスに飛び込みで入ります。
通りに面したテーブルを用意してくれました。
デジカメが戻って幸せ一杯で、ビールもワインも進みます。

P27891040867そのままホテルに帰れば良いのですが、長女がまだ散策したいと言うので、アレキサンダー3世橋まで酔い歩きへ。

皆で傘を買ったにもかかわらず、一度も使わずにすみ、最後はハッピーに終わりました。

明日はいよいよモン・サンミシェルへ。


(注)最終日、パリを経つべくシャルルドゴール空港で出国手続きをしていた時、聞き覚えのある声が。何と、私のデジカメを拾ってくれたガイドさん。向こうを私を覚えていてくれて、しっかりお礼を述べることが出来ました。

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パリ(その3) ブーローニュの森~モンパルナス墓地

パリに来て、既に四度目の朝。今日も快晴。
ブーローニュの森に出かけましょう。
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P27881040788地下鉄でマイヨ門駅まで行き、そこから森の中へ。

ロンシャン通り。
森の中を車がビュンビュン飛ばして行きます。

しかしロンシャン通りから一歩森の中に入ると、そこは別世界。

P27881040784最初のうちこそ周辺の街並みが見え、車の音も聞こえますが、しばらく歩くと、ここが都会の真ん中とは信じられないくらいの、本当の森。

夜だったら本当に怖いですよ。狼でも出そうな雰囲気。
それに迷いそう。

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ガサッ、と音がしたので、そちらを振り向くと、ウサギが!
危害は加えないから近寄らせて、と追いかけましたが、すぐ草むらの中に消えてしまいました。写真は取れず残念。

また森の随所に池があり、鴨がいます。捕まえられそうなんですけど、無理ですよね。

P27881040791規則的な人の足音が聞こえてきます。
えっ、何?と思っていたら、
何と若い女性が一人でジョギング。
マジー!!大丈夫ですか?
いくらパリジエンヌがジョギング好きだからと言って、こんな森の中を一人なんて、危なすぎません?
ジョギングだけでなく、格闘技の心得でもあるのでしょうか?

更に進むと、小さな車道があり、
そこに魔法使いのお婆さんが?!!

本当にそう見えるのです。黒いマントをはおり、きつい顔をした青い目のお婆さん。
朝の爽やかさに全く不釣合いな姿。
幻覚じゃないでしょうね、何してるんでしょう?

近づいていくと、というか一本道なので、近づかざるを得ないのですが、何と、
黒いマントの下はマイクロ・ミニスカート。
どきっとするくらい白くて長い足を見せ付けてきます。
そして上目使いに前髪をかきあげています。
森の中で、人間は私しか見当たりませんから、私に対して見せ付けているとしか考えられません。

これって、まさか・・・・・・・・

そうだったのです、パリの娼婦。

夜だったら顔が良く見えないので、結構エロチックかも。魔法に掛けられたように、森の中へ入って行くのでしょうか?そして二度と元の世界には戻れない・・・・・そんなことはないか。

踵を返して今来た道を戻るのも男としてシャクなので、目をあわさずまっすぐ歩きます。
すぐ横に来た時、話しかけられるかとドキドキしましたが、取って食われることもなく、何事もなく通り過ぎることが出来ました。
思い切り緊張しましたよ。

その先の小さな車道で、大きなダミ声が聞こえてきたので、何かを思って見ると、やはり黒いマントの女性が大声でトラックの運転手と話しています。価格交渉中のようです。
近づいてみると、女性なんだか、ゲイなのか分からないような、とても大きな姿。怖いですねえ。
勿論写真を撮ろう、なんて勇気はありません。

P27881040796突然、目の前が開け、湖が!

森の中を彷徨い続けているうちに、アンフェリウール湖に来たようです。
アンフェリウール??下の方とか劣っているという意味ですが、一体何が劣っているのでしょう?
言葉とは真逆の美しい湖です。

これがパリのど真ん中にあるのですよ。

そこからドフィーヌ館方面に向けて歩きます。
結構歩きましたが、下が石畳じゃなく、土だったせいか、足首に優しいハイキング。

ドフィーヌ門駅から地下鉄で、今度はモンパルナス方面に足を伸ばしましょう。

P27881040798ホラー好き・心霊モノ好きの私がまず目指したのは、カタコンブ。
600万体もの人骨が積み上げられている地下墓所。
1.7キロも続く、人骨がびっしり積み上げられた地下墓所。

しかし現場に来て唖然!

人気のない恐怖の入口かと思ったら、人人人の大行列。交差点を曲がっても行列は続きます。
入口を見ると何やら整理番号を渡しており、確か190番くらいの番号。
しかも少しずつしか入れないのか、行列は殆ど進んでいる気配がありません。
一体何時間待てば入れるのでしょう?

世の中には物好きな人が多すぎます。(私もですが)

P27881040802残念ですが、諦めましょう。

モンパルナスの街中をプラプラ歩きます。

パリの日常の生活があります。

そうこうするうちに墓地に。

P27881040804そう、これが有名なモンパルナス墓地。
有名人が沢山眠っています。

かなり広い墓地。東京で言えば青山墓地?
立派な墓石が沢山あります。

P27881040807そんな中でお目当ての一つがサルトルとボーボワールの墓。
あの大革命のロベスピエールが設立した、
超秀才学校エコール・ノルマル・シューペリウール
(高等師範学校、ソルボンヌ大学より遥かに偏差値が高い学校)の主席卒と次席卒の二人が、
今並んで一つの棺に入っています。

周りの立派なお墓と比較すると、かなり地味。

P27881040808既に30年前になる私の仏文科学生時代、既にサルトルは下火でしたが、それでもサルトルを読んだことない、サルトルについてイッパシに議論が出来ないと格好が付かなかったものです。
今考えれば青臭い臭いがプンプンしますが。

社会と戦い、最後まで結婚もしなかった奇妙な関係の二人は、今は平穏に眠っているのでしょうか。
それともあちらの世界でも戦っているのでしょうか。

P27881040812そこからさほど離れていない所で人だかりが。

観光客が写真を取り合っている墓は、シャルル・ボードレールの墓。
これだけ名声を博していながら、生きている時の彼は決して幸せじゃなかったと思います。

P27881040815そのためか、お墓も小さい。
写真が置いてなかったら誰も気付かないような片隅に小さくたたずんでいます。
シャルル・ボードレールの名前も、一族の名前の中に紛れています。

サルトルが常に攻撃的で前向きだとすれば、ボードレールは多分に屈折して後向き(言いすぎか)。
「後悔」とか「たそがれ」という言葉が、彼の詩には頻繁に出ていているように思えます。

あれほどパリを愛していながら、決してパリから愛されたとは思えなかったボードレール(少なくとも生前は)、

今は世界各地の人々からこんなに祝福されて幸せですか?

P27881040806もう一人のお目当ての、マルグリット・デュラスとギー・ド・モーパッサンは墓がどうしても見つかりません。
「モーパッサンのお墓がこの辺にあるはずなんですけど、知りませんか?」と、お墓の門番に聞いてみましたが、「そんなの俺が知るか」と言われました。

私の発音が悪かったせいでしょうか、
それとも彼がモーパッサンを知らなかったのでしょうか。

P27881040810それにしても、いつまでもここに佇みたくなるのはなぜでしょう?
フランスのお墓は日本のお墓と違っていることがあります。

それは、お墓の上に石碑があり、亡くなられた人へのメッセージがよく書かれていることです。
写真が入っていることもあります。

「大好きなパパとママへ。永遠に忘れません」
「先生の思想は、今までもこれからも、私達生徒の頭の中で生き続けます」
「あなたは立派な作家で哲学者でした。私達は今でも沢山あなたを愛しています」

P27881040818大きくて立派な中国人のお墓もあります。

中国語は分かりませんが、多分文字から推測するに、こんなことを言っているのではないでしょうか?

「異国の地に来て、魂故郷へ帰る」
「27歳の若さで亡くなった美しくて聡明な妻へ」
「いつまでも愛している」

知らない人のお墓ですが、愛と哀しみのこもった石碑のメッセージを読んで歩くと、
時々涙ぐんでしまいます。

P27881040816_2枯葉散る、静かな街中のお墓、
結局3時間もいてしましました。

さあ、今日は妻子もパリへ到着。一人旅はこれでお終い。

明日はどこに行くのでしょう?


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パリ(その2) サン・マルタン運河~セーヌ川

パリについて三日目の朝、今日も透き通った秋空。
楽しみにしていたサン・マルタン運河沿いを歩きます。私は良く知りませんでしたが、知ってる人に言わせると、映画「アメリ」に出てくる運河らしいです。P27881040673
P27881040648まずはリケまで地下鉄で行き、そこから運河に出ます。この段階ではまだサン・マルタン運河ではなく、ヴィレット貯水池と呼ばれるています。ヴィレット貯水池より更に上流のウルク運河との境界からスタートしましょう。
ちょっと東京にもありそうな運河風景。運河に面したレストランでは牡蠣のフェアをやっています。こんな所で食べたら最高でしょう。

P27881040649歩き始めると、やたら華々しいハシケが。

どうやら船上レストラン?カジノ?・・・・・

東京で言えば停泊しっぱなしの屋形船でしょうか。

P27881040661更に行くと、今度は船上オペラ。

フランス人はオペラ好きですね。

そういえば、学生時代、
横浜石川町のハシケの中で、前衛演劇をやってるのを観に行きましたっけ。

P27881040654P27881040655_2ヴィレット貯水池の真ん中にかかる橋から、上流と下流を撮影。きれいですね。こんな所が大都会のど真ん中にあるのですよ。

P27881040664さて、いよいよサンマルタン運河。急に狭くなります。

うん??何だ何だ?
さっきの横を通り過ぎていったハシケが水面の下の方にあります。

何と言うのでしたっけ、ヨーロッパに良くあるやつ。運河の階段のようなもの。堰で船の前後を囲い、水を抜いたり満たしたりすることで、高低差のある水面を階段のようにして進めるもの。名前が浮かびません。
実際に目にするのは初めてです。

地下鉄ジョレス駅界隈は、地下鉄が高架線を走ります。パリの地上を走る地下鉄って良いですよね。映画に出てきそう。パッシー~ビラケム~モンパルナスのちょと手前までの高架線は特に気に入りました。

P27881040670ここからが本格的サンマルタン運河。
神奈川の川沿いをひたすら歩く、という当ブログのコンセプトにぴったり。神奈川より遥かに洗練されていますが。

帰国して友人に、サンマルタンは良かった、と話して時、友人から
「サンマルタン運河には何があるんだ?」と問われましたが、
「サンマルタン運河があるんだ」としか答えられません。
私にはそれで十分、いやそれが最高なのです。

P27881040677おや、また堰。
大変ですね。

またまたさっきのハシケ。
私の歩く速度とこれでは同じですよ。

それにしても、小さな公園の中に不釣合いな大きなハシケ、
窮屈そう。
不思議な光景です。
P27881040681橋から船を見る時は、大抵下の方に船を見下ろします。
でも、ここでは逆。
橋から船を見上げます!
こんなことに感動するのは私だけでしょうね。

P27881040688P27881040689
P27881040697ただただ運河と共に歩き続けます。


あるのは運河とパリの街並みと紅葉、そして、ここで生活するパリ市民だけ。


突然、目の前に大きな穴が!

P27881040705運河がこの穴に吸い込まれて行きます。
運河はもうないの?

そうです、サン・マルタン運河はここからバスチーユ広場まで、長い長いトンネルに入るのです。
ハシケのオジサン、怖くない?

P27881040709しばし街中の公園歩き。といってもサンマルタン運河の上ですが。

フェリー公園というらしいです。

日本にでもありそうな、花と噴水に満ちた都会の憩いの場。

この下をさっきのハシケが通ってると思うと、何だか不思議な感じ。

ところで、今回のパリ旅行での発見の一つ。
パリ市民は卓球好き?!
P27881040716P27881040652
あちこちに石で出来た卓球台があります。中国人もやってますが、
パリジェンヌもやってます。

P27881040718かなりヘトヘトになりかけた頃、
ようやく先方にバスチーユの革命記念柱が!

革命だ、革命だ、
と騒ぎたい気分?

勿論、そう思っているのは私だけで、周囲は至って平静。

P27881040721革命の発端の場となったバスチーユの監獄は今はありません。

バスチーユ広場では、パリのどの街角と同じように、カフェテラスがあり、人々が太陽の下でお茶とおしゃべりを楽しんでいます。

噂では、ここの地下鉄のホームの端に当時の監獄の門の土台だけが残っているそうですが・・・・・

P27881040732そして、また再会。サン・マルタン運河。

長い長いトンネルを出ると、
そこは雪国ならぬ、華やかなパリの街並み。
地獄から天国への劇的な変化かも。

P27881040729と思っていると、またまたさっきのハシケが!

ここまで来たら、本日の盟友というしかありませんね。

それにしても、疲れて足をひきずって歩いている私と同じ時間がかかっているというのは、いくら何でも時間かかりすぎじゃありません?
まあ、時間におおらかなフランス人のことだから全然気にしてないのでしょうが。

P27881040731パリの紅葉は、黄色というイメージがありますが、これは真っ赤なもみじ。新鮮!

それにしても、パリは本当に川や運河のある風景を大事にしてますよね。

運河脇には、幾つもお洒落な公園やレストランがあります。

P27881040735東京では、墨田川脇のレストランなんてありませんよ。

最近遊歩道が出来たくらいで、大抵は無骨なコンクリートの防波堤が景観を台無しにしてますし、
江戸時代は川や運河だった場所の上には、大抵
首都高速が走っています。

P27881040738さあ、いよいよお別れです。

サンマルタン運河。
そしてお友達のハシケ。

地下鉄ラペ河岸駅が、サンマルタン運河とセーヌ川の境界。

今度こそ本当のお別れですよね。
ハシケのオジサン、お仕事頑張って。

最後の堰を通って、大セーヌ川へと旅立ちます。

P27881040744オステルリッツ橋から眺めるセーヌ川。
昨日歩いたサンルイ島が先方に見えます。

パリはどこを歩いても絵になりますね。

ホテル帰ってシャワーでも浴びますか。本当は露天風呂でもあれば言うことないのですが・・・・

明日は紅葉のブーローニュの森にでも行きましょう。


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パリ(その1)枯葉のセーヌ川歩き~サン・ルイ島

ひょんなことから家族パリ旅行が実現。
パリは二回目。前回は新婚旅行。昨年銀婚式をやったから26年ぶり。成人した長女と来年成人する次女と4人でのパリ。
思えば私も年を取ったものです。
P27871040508
P27871040505オペラ座から比較的に近い街中のホテルに宿泊。左の写真がホテルのベランダから撮ったもの。
遠くにエッフェル塔とオペラ座が見えます。

最初の二日間は私一人。思う存分気の向くままに歩きましょう。
まずはセーヌ川をミラボー橋(最初の写真)からひたすら歩きます。〆は○○温泉、と行きたいところですが、風呂嫌いのパリ人では無理。
ホテルのどおってことないバスで〆るしかありません。

ミラボー橋には思いいれがあります。フランス文学専攻だった私が卒論に選んだのがアポリネール、20世紀初頭の詩人です。あの有名な「Sous le Pont Mirabeau Coule la Seine(ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ・・・)」のミラボー橋です。
ただどおってことない橋です。セーヌ川にかかる箸の中では最も地味な橋かも。しかしアポリネールはこの橋からセーヌ川を見て人生と恋愛を歌いました。

P27871040514自由の女神を横目に、河岸を歩きます。

そういえば新婚旅行の時に宿泊していたホテル日航ド・パリがなくなって、別の名前になっています。日航の業績悪化で売却されてしまったのでしょうか?
何だか寂しい。

上を見ると電車が!

P27871040521そして今度は地下鉄が!

まるで隅田川を渡る東武電車か総武線か。

というにはあまりにもお洒落。
比較してすいませんでした。

P27871040520先ほどからジョギングする人がひっきりなしに行き来。
パリ人はジョギングが好きですねえ。

老若男女問わず、河岸を走っています。

歩いてて感じるのですが、パリは石畳なので、地面が平らじゃなく、
結構足首が疲れます。

P27871040519おっとこれは船上生活者。
無骨な鉄の船ですが、植木や花が添えられています。
船長のセンスなのでしょう。
もっと花花しい船もありますよ。

船とガーデニング、
何ともパリらしいですね。

P27871040526そうこうするうちに早エッフェル塔。
さすがに観光客で溢れています。

登りたいと思ったことはありません。
素通りしましょう。
(夜は青くライトアップされてて綺麗ですよ。ホテルからも見えます)


ケ・ブランリー美術館では日本の展示会がやっているようです。

P27871040633地下鉄の壁面にも日本の文化に関する展示会のポスターを随分見かけました。
それに新婚旅行の時よりも明らかに日本料理店が多い。
寿司も焼き鳥もラーメンも・・・・・・・9割は中国人がやってるそうですが。
私も翌日夜に入りましたが、寿司の味が微妙に違うしノリのない海苔巻きがやたら多い。なぜかゴマの味もするし。
浮世絵もどき、日本刀もどき、 
しかし着てる制服は明らかに中国人服、
最後は頼んでもないのに中国酒、と完全に中国風日本料理。

P27871040523P27871040534さて、やたら人前でキスするカップルを尻目に、オヤジは一人で河岸を歩き続けます。

P278731050097そしてアルマ橋に到着。
ここは悲しい場所。

そうです、あのダイアナ妃が亡くなった場所です。
この碑の下の車道で事故にあったのです。

未だに沢山の花束と、
「私は星に向かわなければなりません。いつの日か、星を見る時は私を思い出して下さい」
と書かれた石碑があります。

P27871040546そしてようやくアレキサンドル3世橋に。
セーヌ川にかかる橋で最も有名で、最も豪華な橋です。
さすがに立派ですが、橋は立派なものだけが偉い訳ではありません。
何の変哲もないミラボー橋からだって詩は生まれるのです。

反対側のアンバリッドに眠っているナポレオンに軽く敬礼して
更に前進。

P27871040550P27871040552
コンコルド広場、チュイルリー公園と過ぎ、ルーブルへ。
私何度ルーブルには入ったことがありませんし、今回の旅行でも結局入りませんでした。
別に嫌いな訳ではありませんが、他に行きたい所が一杯あり、つい行きそびれてしまうのです。
あまり美術が好きではないからかもしれません。

P27871040564さて見えてきました。シテ島。
行政の島。

今でこそ呑気に釣り糸を垂れたり、ローラーボードで歓声を上げながら走る子供達の姿に和まされますが、どうしてどうして怖い歴史に満ちた場所です。

P27871040565コンシエルジュリ。
美しい建物ですが、
フランス革命の時の別名が
「ギロチンへの待合室」。
ここが牢獄として使われ、何と
2600人がギロチン台へと運ばれました。

あのマリーアントワネットの独房もここにあります。
髪も毛が一晩で真っ白になったと言われているのもここです。
子供と夫を殺された後、彼女もここからコンコルド広場へ運ばれギロチン台の露と消えました。

P27871040574シャンジュ橋からシテ島に入ります。
ステンドグラスで有名なサント・シャペルやノートルダム大聖堂は、後で妻子と来るので通過。
花市を通りましょう。
血なまぐさい建物やパリ警視庁に隣接したところに花の市場があります。
不思議な組み合わせですよね。

P27871040585さあ、本日の終点、サンルイ島が見えてきました。

私が前回来た時一番気に入った場所です。

シテ島からサンルイ島に渡る橋の上で大道芸人やストリートバンドの演奏がやってました。

P27871040597サンルイ島に渡って後ろを振り返ると、
どーんとノートルダムが。

正面から見るよりも、このように後ろから、
あるいは横から見る方が、神々しい感じしません?

もしくはすぐ近くから建物を見てみるとか・・・・結構怖いですよ。何だか分からない悪魔のような動物が一杯張り付いているし。

P27871040596ふと下の川を見ると、白い鳥が。

何と白鳥!

神奈川の川には鴨やサギはいますが、白鳥はいません。

さすがパリ。

P27871040603P27871040614_2
P27871040612

ぐるっとサンルイ島を一周しましょう。
ここは昔から貴族の館が軒を連ねているので有名です。
白い壁に青い屋根のパリに、赤い花の窓が何とも洗練された印象。

岸恵子も長くこの島に住んでいたそうですよ。
私も住んでみたい。

P27871040622島を真ん中で貫くのがサンルイ アン リル通り。
お洒落な店が並んでいます。
ただ私はファッションには全く興味がないので、通るだけです。
ちなみに翌々日来た妻や娘は大喜びでしたが。

むしろ通りに面した子供向けの図書館や横道の小学校を見て、こんな所に通える子供達が羨ましくなりましたが。

P27871040595そしてパリと言えば、道端のカフェ。

3時間歩き続けてへたへたになったので、お茶しましょう。
ちょっと寒いけど、頑張って室外アウトドアで。

お茶といってる割には
しっかりビーフステーキも頼んでしまいましたが。

P27871040628まだストリートバンドの演奏が聞こえます。
神奈川とは大分違った川歩きを反芻し、
心豊かな一時を過ごしました。

最後に、露天風呂や温泉があれば最高なんでしょうけど・・・・・・

現実はこれです。

P27871040644日本のホテルのバスルームより更に小さいバスルームです。

まあ風呂が嫌いというのだから仕方ないか。

明日はサンマルタン運河を歩きましょう。