湘南台~自宅、娘達・婿・孫と境川歩き

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年数回歩いている私の定番ハイキングコース。そして栄えある当ブログ第一回投稿が小田急湘南台駅から境川を歩き、自宅近くのスーパー銭湯湯乃市までの道のり。神奈川オヤジ歩き第一回、境川歩き
今更ブログ投稿ではないのですが、「娘二人に婿さん、そして昨年誕生した孫と」という初めての組み合わせなので老後の思い出作りのため書きます。
Dsc1296021552019年正月。

正月太り解消のために歩きます。

最初は一人のつもりでしたが、ダイエット中の長女、
当然孫も、
そして長女が疲れた時のために婿さんも、
そして更に箱根駅伝を生で見て(我が家の恒例行事)運動心が刺激された次女も一緒に歩きます。


Dsc129602157スタートは小田急湘南台駅。
子供の頃、プラネタリウムで来た湘南台文化センターこども館を横目に、
湘南台公園、
住宅地とハイキング開始。

程なく境川に。

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婿さんがスマホで音楽をかけ、それを進軍ラッパに境川横のサイクリングロードを歩きます。孫が寒い思いをしないよう頭まですっぽり暖かい恰好。

晴天の冬空の下、娘達と婿さんが楽しそうに話しながら歩きます。私は先導役で、話の輪にはあまり入りませんが、後ろから聞こえる楽しそうな話声に幸せな気分になります。

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Dsc129602170「あっ、カモが滝に落ちる!」という婿さんの声。
確かにカモが滝を察したのか、必死に流れに逆らって泳ぎます。しかし先頭のカモが滝を難なく泳ぎ渡ると、次々滝を滑り落ちます。(写真拡大するとカモが見えます。)
何てことない出来事ですが、ハイキングを盛り立てるには十分です。


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この境川ハイキングのランドマークは、大きな五重の塔。
横浜薬科大学の図書館です。
最初ははるか前方に小さく見えますが、徐々に近づき、前から左へ、そして後ろへと位置を変えていきます。
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さすがに真冬の16時近くなると晴れていても寒い。吹き曝しの田んぼや畑ですし、横は川。
Dsc129602184Dsc129602188長女が鼻をかんだりクシャミをしたりするのが気がかりです。
暗くなると更に寒くなるので一行に少し急がせます。

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Dsc129602213左に東俣野中央公園が見えてきたら境川とお別れ。
丘を上り中央公園に。
次女が階段をダッシュします。さすがに元陸上部。
他のご一行はゆっくり階段を上ります。
振り返るとどこの田舎に来たかという眺め。天気が良ければ富士山が見えるはずですが、残念。

ふと見ると見慣れた建物が。
ラウンドワン。
次女はもう歩くのに飽きたのか、ここをゴールにして妻に車で迎えに来てもらうだと。
さすがに寒くなってきたので、長女一家も一緒に妻の車で帰宅して、最後は私一人で歩こうと思ったのですが、
ダイエットのためか根性のためか長女ご一行も最後まで歩くとのこと。

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Dsc129602222居宅介護支援 ケアマネ鎌倉プライエムきしろを越え、鎌倉野菜生誕の地、関谷の畑を突っ切ります。

☆人気の鎌倉野菜、生誕の地はこんな場所

関谷小学校を越え、最後の上り坂。

この最後の上り坂が実は一番きつい。
そしてようやく見えてきた我が家。
(ただの住宅街なので写真は省略)
湘南台駅から2時間33分、達成感あるハイキングでした。

後は風呂入ってビール。今日の夕食はしゃぶしゃぶです。
幸せな正月の一日です。

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北鎌倉~源氏山~リニューアル稲村ケ崎温泉、桜と椿ハイキング

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Dsc2045014263月末、雪が降ったかと思ったらいきなり春を越え初夏の陽気。久々に鎌倉山歩きと行きますか。
私にとってはお定まりのコース、北鎌倉から浄智寺、そして源氏山まで登り、大仏ハイキングコースへ。そのまま転身し極楽寺・稲村ケ崎へと続く2時間半のハイキング。
もう桜も咲き始めているはずです。

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Dsc204501433北鎌倉駅を降りると既に人人人。これはハイキングコースも渋滞しているかも。
浄智寺の横でキレイな着物姿。見えますか?
どうやらお茶会をやっているのですね。
外人も喜んで写真を撮っていました。

Dsc204501435さあ、
ここからが山登り。

予想どおり人人人。
急な坂ではお年寄りや子供がゆっくり。
それで渋滞。
私も10年もするとそうなるのでしょうか。


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Dsc204501440路が赤く染まっています。
椿の花。
そう、冬が終わったのです。
今は椿とモクレンと桜が同時に咲いています。
冬から春へ一気加速。


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源氏山は予想どおり花見客で一杯。
まだ満開とは到底言えませんが、それでもあちこちで宴会をやっています。
私はいつから花見宴会をやっていないのでしょう?
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休む間もなく大仏ハイキングコースへ。

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この辺は本当に景色が良いのですよね。何度来ても鼻歌まじりになります。


Dsc204501449でもすぐ
急なアップアンドダウン。

気合開始。

最近右膝の調子が今一つな私は慎重に足を運びます。

ああ、ジジイ歩き。


Dsc204501451森の中から突然、
お洒落な店の標識が!

樹です。


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Dsc204501456汗かいたので、冷たいものでも飲もうかと思って降りて行くと、
何と大行列。
最初に来た時、多分20年以上前、客なんか私達家族以外誰もいなくて、少ないテーブルにポツンと座っていたのですが。「こんな山の中で客も来ないで、大丈夫なのかな?潰れないかな?」と心配していたのが嘘のようです。多分ガイドブックにでも掲載されたのでしょう。
1時間じゃ席に付けないという大繁盛。
諦めてハイキングに戻りましょう。

Dsc204501463鎌倉のハイキングコースの面白いところは、山歩きしていたかと思ったら、いきなりすぐ横に瀟洒な家々が目の前に飛び込んでくるところ。
お洒落な住宅街と山歩きコースが隣接しているのです。
不思議な気分。

Dsc204501469そしていよいよ大仏ハイキングコースの終点。
長かった。

皆やっと着いたという顔をして長谷大仏の方に向かっていきます。
これから長谷の洒落た店でランチ?ショッピング?


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Dsc204501474しかし私だけが転身して再び急な階段を登っていきます。
この転身は気合と根性が要ります。
大仏方面に向かう人と車の列をしり目に、ひたすら急な階段を登り続けます。

そして頂上がこんな場所。
はっとするような凄い眺めという訳にはいきません。

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ここからは普通の住宅街をテクテク歩くのみ。
そして稲村ケ崎小学校まで来ると、そこは極楽寺。
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Dsc204501490何と桜満開じゃないですか?
頑張った甲斐があります。

それにしてもこの極楽寺、テレビドラマによくなりますよね。先日も「最後から二番目の恋」をまた見てしまいました。


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一休みもせず、
そのまま江ノ電と共にゆるい坂道を下ります。

Dsc204501499そして、
潮風が漂ってきたかな
と思うと、

見えてきました。

輝く海。

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Dsc204501510右に江の島、左に稲村ケ崎。
キラキラした海面が眩しい。

ミュージシャンでしょうか?
波打ち際で楽しそうに演奏をしています。
そんな気分にさせるほどのポカポカ陽気。


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Dsc204501511さて本日のお目当ては昨年9月にリニューアルした稲村ケ崎温泉。
以前は眺望ゼロでしたが、二階になって眺望が良くなったとか。
写真レストランのちょうど上の部分です。
1500円払って(300円値上がり)風呂に入ると、
何と目の前に江の島が!!

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文字通りオーシャンビュー。
素晴らしい。
鎌倉市内にもやっと素敵な温泉が出来たのですね。
これは歴史に残ることです。
(写真は公式ホームページからのものです)

P1290061今日の桜を思い出しながらいつまでもいつまでも黒い温泉に浸かります。
幸せです。


天園ハイキングコース、4人で歩いた道を一人で歩く
鎌倉広町緑地ハイキングコース、今回は無事に。
鎌倉浄妙寺~大町~腹切りやぐらハイキング、師走は紅葉
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桜満開鎌倉山~七里ガ浜~稲村ケ崎温泉


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鎌倉泉水、曹洞宗松久寺~久木大池公園~名越・小坪、鎌倉の紅葉は12月

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最近終の棲家を立てました。
墓石のことです。
両親が健在なので最初は両親でしょうが、私の永遠の寝床となるです。
その寺が曹洞宗という禅宗の一派です。
毎日見ている大船観音も曹洞宗ですが、私の寝床は天嶽院です。そして意外なことに鎌倉には曹洞宗の寺はこの松久寺だけです。

P2034128069460歳過ぎると
お墓というものが他人事ではなくなってきます。
両親共群馬県出身なので元々のお墓は群馬県なのですが、自分達が祖先になるのだと言って飛び出し富士山の麓の富士霊園に墓を買っていました。
それを私が「遠すぎてお墓参りになかなか行けない」「私も娘達にちょくちょく来てもらえない」と言って地元にお墓を移したのです。

P20341280690誰も入ってないお墓だったので結構簡単に行きました。そのお寺が曹洞宗というあまり馴染みのない宗派でした。道元の道を開いた宗派で、その時以来曹洞宗という文字が頭に刻まれています。
そして鎌倉ただ一つの曹洞宗がここ、泉水の松久寺。
観光寺ではないので、私も知りませんでした。浄妙寺からハイランド入口に向かう途中の泉水橋から山の中に歩いた所にあります。普段は門も閉めており檀家以外入ることはない寺だとのこと。
静かな落ち着いた寺です。
こういう寝床で寝るのも悪くありません。

P20341280729前置きが長くなりましたが、今日は鎌倉市内の紅葉歩き。何と言っても鎌倉の紅葉は12月です。クリスマスだとさすがに遅いのですが、まだまだこれからです。鎌倉泉水橋からハイランド、名越を通り小坪で海に出る行程です。
泉水橋横の昭和の名残残るお店を過ぎハイランド入口に出て、ハイランドの住宅街に向かって坂を上ります。結構長い坂、早速息が切れています。桜の季節は観光客で一杯でしたが、今は住人だけ。
ハイランド、桜満開。


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P20341280716P20341280719住宅街の横の道をすーっと降りた所に突然出現する池が久木大池。

P20341280723瀟洒な高級住宅街と神秘的な池が同居しています。

都会と自然がお隣さんとして寄り添っているのが、いかにも鎌倉らしくて好きですね。

でも夜一人で歩いたら結構怖いでしょうね。
サスペンスドラマの舞台になっても不思議じゃない雰囲気。
新緑の鎌倉湖から覚園寺

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P20341280738さてハイランド住宅街を抜け、子供達の声で沸き立つかまくら幼稚園横を通り、富士山に望む丘に出ます。

今日は残念ながら富士山はくっきりと見えません。
辛うじて見えているのですが、写真じゃ分かりませんよね。


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P20341280753紅葉がきれいですが、
ここからはしばらく山の中に入ります。
尾根道なのでどちらに滑り落ちても間違いなく怪我しそうな細い山道を歩きます。
昨日までの雨で路面が濡れているので注意しないと滑ります。

P20341280745しばらくすると左側が大きく開け逗子市内が望めます。


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P20341280759そして更に歩くと突然森の中から謎のお屋敷が。

通称サリーちゃんの家。

幽霊トンネルと呼ばれる鎌倉と逗子の間の道にあるトンネルの上にどーんとそびえ立つ洋館です。
一度お呼ばれしてみたくなるようなきれいな洋館なのです。

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P20341280761下を見るとお墓が。
法性寺です。
どうもこの辺りは昔からちょっと怖い感じがする道なんですよね。
無縁仏の墓を横目に、まんだら堂に近づく辺りからはボーっという腹に響く音がしてきます。
鎌倉市の焼き場です。
山道の下に見える煙突から薄青い煙が立ち上って行きます。
私もそう遠くない時期にここで肉体とお別れするはずです。
いや、どうしてもここが良いな。
家族の思い出残るまんだら堂の横で骨になるのですから。
まんだら堂の思い出

P20341280766ここは鎌倉時代は死者を葬った場所なので、言わば死者の世界です。

生者への最後の門、
名越の切通に向かいます。
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名越の切通を抜けると、そこはまた住宅地。
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ようやく人間の世界に帰ってきました。

散策も終盤。
小坪の住宅街をひたすら歩くと前方にランドマークとなっている南欧風のマンションが見えてきました。

海が近づいてきた証です。

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P20341280782住宅地から徐々に漁村の家々に変わり、生シラス丼が美味しい食堂を越えると、
ようやく辿り着きました。

小坪漁港。

今日は静かな海面です。
漁船達も午後のけだるい日差しの中でまどろんでいます。
しばし休憩して潮風を鼻いっぱいに嗅ぎます。
二時間強のハイキングでした。

P20341280795最後は漁港の市場でお土産を買って行きましょう。
サザエですね。
結構大きい4つが870円。
勿論生きています。

さあ、帰って風呂入ってビールにしましょう。
良いつまみになりそうです。

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鎌倉、山あじさいの隠れ里、七里ガ浜・姥が谷を見下ろす丘に咲く


P20281020690鎌倉の谷戸には紫陽花が良く似合います。

明月院や長谷寺が有名ですが、そんな観光地ではなくても普通の民家の庭にも見事に咲いています。

おそらく地元民しか知らない民家の紫陽花を見に行きましょう。七里ガ浜の丘の上です。
P20281020691_2鎌倉プリンスホテルから海に向かう道。

七里ガ浜高校前の坂です。

隣の鎌倉高校前と同じくらいの観光スポット。外国人が一杯写真を撮っています。

テレビ番組でも時々登場し、この高校に通っていた次女が何度も撮影でタレントを見たそうです。


P20281020730踏切を越えると、海岸通りではなく、江ノ電の脇の道を少し進みます。

何ということのない坂の入口。ここがあじさいの隠れ家への入口です。
(左写真)

結構急な階段を登ります。

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既にあちこちに紫陽花。


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P20281020715登り切った所の竹藪の向こうに何やら風情ある門。
そう、
ここが「山あじさいの隠れ里・姥が谷植栽小苑」です。
全くの民家ですよ。
一般開放しているので中に入ります。
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P20281020713庭に入るとまさに紫陽花ワールド。
一体何種類あるのでしょう。
ご主人の情熱の賜物です。

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そして今日は視界がクリヤでないので、空なんだか海なんだか分かりませんが、紫陽花の花の向こうは海。
七里ガ浜。

潮風を全身で浴びた紫陽花なのです。
心なしか花の色も日焼けしているよう。

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庭を堪能した後は、隠れ里を出て近隣を散策。


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P20281020725里山に囲まれている姥が谷の住宅地。
サーファーや観光客で賑わう海側とは打って変わった静謐の地。
鎌倉の谷戸です。
ここにも紫陽花が咲き誇っています。

P20281020732さあ、
もう一回海岸に戻りましょう。

谷戸の静寂とは真逆の若い熱気。

今は梅雨ですが、
間もなく夏全開。

P2028102074160歳、
年寄りになってしまいましたが、
なぜか未だに興奮の渦に巻き込まれそうです。

大学時代のヨット部の頃から、子供達と海水浴や海辺のプールで遊んだ湘南・鎌倉の夏・・・・・
あっという間にお爺さんになってしまいました。

P20281020742自分でも信じられません。

時が経つのは早い。
人の一生なんて、
本当に短い。

あと何回夏を迎えることが出来るのでしょうか。

海と紫陽花、葉山あじさい公園
海と紫陽花、長谷寺・成就院
鎌倉死者の山、まんだら堂と紫陽花
紫陽花の明月院・浄智寺
紫陽花の建長寺・東慶寺

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サリーちゃんの館・旧華頂宮邸、鎌倉洋館歩き~桜満開のハイランド


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P20251280161定年後初めての花見散策。
思えば4月初旬のこの季節、心落ち着かない日々でした。大学に合格不合格、就職、人事異動での喜怒哀楽と、喜んだり落ち込んだり・・・・・・そんな揺れ動く心に桜は狂おしすぎる存在でした。
しかしそれももう卒業です。
昨年60歳で定年になったのですから。
初めて平穏な気持ちで桜を愛でることが出来そうです。
それに土日も平日も関係ないので、晴れた平日の桜歩きです。

P20251280045スタートは逗子と鎌倉の市境の小坪トンネル付近から。
心霊好きなら知ってますよね、有名な幽霊トンネル。
幸か不幸か、私は何度このトンネルを通っても、心霊体験はありません。
そしてトンネル上方をふと見上げると場違いと言っても良いような立派な洋館。
なぜだか分かりませんがサリーちゃんの館と呼ばれています。
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法性寺の門をくぐり、坂を上って行きます。急な坂に所狭しとお墓が並んでいます。
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ふと見上げるとサリーちゃんの館が。
ニッポンのお墓と洋館、不思議な組み合わせです。
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P20251280069お墓を越え山道をちょっと歩くと洋館の裏に出ます。
洋館の裏は完全に森の中で、夜なんか結構怖いかも。
正面からは最高の眺めなんでしょうが。

この辺りの山道は、鎌倉時代はお墓が沢山あったところ。
無縁墓地もあり、死の山でした。
山の中に焼き場もあり、ちょっと怖い場所です。

鎌倉市死者の山、まんだら堂歩き

P20251280073しかし今日は、そのまんだら堂や名越切通方面ではなく、浄妙寺ハイランド住宅地方面に向かいます。
山道ですが、途中展望が開ける所があります。

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P20251280083山桜で山がピンク色や白っぽくなっていますね。
鎌倉は、周囲を山に囲まれており、この季節は山桜満開で、街自体が山桜に包まれているような光景になります。

正面は逗子の街。
良く見ると逗子海岸も見えます。

P20251280085「このあたりはマムシが出ます」の立て札を過ぎると、もう住宅地が見えてきます。
ハイランドと呼ばれる逗子久木の住宅地です。
瀟洒な住宅が立ち並ぶ雰囲気の良い住宅地です。
なぜ今日ここに来たかと言うと、それはここが桜で有名な場所だからです。住宅街は至る所桜並木。

満開です。しばしご堪能を。
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住宅街全体が桜桜桜。

住人からすると観光客、カメラマンだらけ、
結構迷惑かも。

路上駐車には相当厳しい街らしいですよ、この住宅街。

さてかまくら幼稚園方面に戻ると、何と目の前に富士山が!
P20251280098肉眼だと良く分かるのですが、写真だとどうも分かりません。
どうすれば富士山がはっきり写るのでしょう。
誰か教えて下さい。

しばし富士山と山桜を眺めて一休み。

P20251280154さあ、また歩きましょう。
報国時方面に向かって降りて行きましょう。
長い階段。
んん?
こんなきれいな階段だっけ?

階段を全て降り終わってみるとそこは大町。
違います。
間違いました。
浄妙寺方面に降りなければならないのです。絶望的気分に陥りましたが、頑張って今降りてきた階段を登りましょう。最近運動不足だったら良い運動です。汗びっしょりになりながら、頂上まで登ってきました。

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P20251280168そして公園をちょっと歩いて再び下り。
先ほどと違ってワイルドな山道。
そうです、
これで良いのです。

泥道に滑りながらも、林の向こうに家並が見えてきました。
浄妙寺住宅地。

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山間の狭い住宅地ですが、いろいろな花が咲き誇っています。

椿もボケも。

春ですねえ。


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P20251280190そして突然、大きな洋館が!

旧華頂宮邸です。

かつては侯爵様のお住まいでしたが、今は寄贈され鎌倉市が管理してます。

それにしても立派な屋敷ですね。
私も一生に一度で良いからこんな邸宅に住んでみたいですね。

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広い庭を眺めながら読書して。
夜は大家族でディナーパーティーとか。


P20251280225そんなことを考えていると、本当にお茶が飲みたくなりました。

あるんですよ、
良いお茶が飲める場所が。

そう、報国寺の抹茶。
歩いてすぐです。

P20251280220報国寺が近づくと、やたら人が増え急に観光地に。

着物を来た日本女性もいますが、欧米人、中国人も沢山いて国際色豊か。

鎌倉観光でも有名な場所ですからね。

でも、そんなことはどうでもよく、お茶が飲みたい。

P20251280213寺の奥の茶屋に一目散に向かいます。

そして出てきた抹茶。

竹を見ながらの抹茶、
これが良いんですよ。
結構ハードなハイキングでしたが、最後はゆったりとしなければね。

P20251280217温泉でもあれば最高なんでしょうけど、贅沢は言えません。

あー、お茶が旨い。


目黒川~戸越銀座、桜歩き
多摩川河川敷に桜咲く歩き
桜桜の湘南平~大磯プリンス露天風呂歩き
桜桜の鎌倉山~七里ガ浜歩き
弘法山の桜~鶴巻温泉歩き
鎌倉、散り桜歩き
平凡な自宅近所、桜散策
旧鎌倉、桜探し歩き
茗荷谷・江戸川橋・後楽園、センチメンタル花見歩き

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鎌倉幕府滅亡の東勝寺跡~クリスマスの小町通り


P2905100073814歳で国家の最高権力者になり、24歳で病気を理由に引退。
病弱で暗愚と呼ばれとても幸せとは思えない人生を過ごした若者は、31歳でかつての部下に裏切られ「もはやこれまで」と家族・部下達と共に自殺(切腹)。

140年余り続いた組織を潰してしまいました。
P29051000737「ご先祖様、折角苦労して築き上げた組織を潰してしまって申し訳ありません。そちらに行ったら改めて謝らせて下さい」
「裏切り者の憎き尊氏・義貞、必ず化けて出てこの恨みを晴らしてくれようぞ」
「我が愛する妻よ子よ、ふがいない私で申し訳ない。まだまだ人生楽しいことがあったかもしれないのに、終わらせてしまって。最後までついてきてくれた部下達よ、私の能力がなかったが故、あなたたちの人生も終わらせてしまった。本当に申し訳ない。ごめんなさい」

P29051000743様々な思いが死の瞬間脳裏をよぎったのでしょうね。
31歳といったら、私は長女が生まれて人生これから、とワクワクしていた年だったのに。
北条高時、鎌倉幕府最後のリーダーでした。14歳から24歳の在職期間をもってリーダーとして有能無能を評価するなんて土台無茶ですよね。もっともこの年で妻と愛人(側室)二人いたのですから、それはそれで羨ましいともいえますが。
P29051000740ここは鎌倉市内の東勝寺跡。北条高時とその家族・部下870人が自害し、鎌倉幕府が滅亡した場所です。
P29051000748向かい側には普通の人家。そんなに広い場所じゃありません。
この場所で870人が自害したのでしょうか。
この一見穏やかで平凡な草木が溢れ出た870人分の血と内臓を吸い込んだのでしょうか。
不本意にして人生を終わらせられた870人分の悲しみと恨み・・・・・680年の歳月を経てもう鎮められたのでしょうね。
いや、お願いですから、鎮められていて下さい。

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P29051000752すぐ横には瀟洒な住宅街。
12月下旬、真っ赤な紅葉が最後の輝きを放っています。
お洒落な喫茶店も。

鎌倉地域自転車等保管所の看板。今日の鎌倉市民の日常生活と隣り合わせです。

P29051000754祇園山ハイキングコースではなく、もう一つの道を登っていくと狭くて長いトンネルに出ます。
結構薄気味悪い。
以前、妻と通った時、後ろから付いてくる妻がふざけて
「振り向いたら私がいなかったらどうする?」と言ってきたことがありましたが、本当にそうなりそうな気がして抜けるまで気が気じゃありませんでした。

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P29051000757長い(ように感じられる)トンネルを抜けると、
突然そこも瀟洒な住宅街。
それも結構な高級住宅街。
鎌倉という街、
都会的住宅街と血生臭い歴史が本当に同居しているのです。

左手に電通鎌倉研修所があります。

P29051000770また住宅地を奥へ奥へと登っていくと、最後によくサスペンスドラマの舞台になった釈迦堂切通しにぶつかります。以前は普通に通り抜けられる切通しだったのですが、何年か前の台風で木が倒れ土砂も崩れたので通行止めとなっています。その気になれば通り抜けられますが今日はやめときましょう。それにしても鎌倉市に方に言いたいのですが、折角の最高のスポットなのですから、早く通行出来るようにして下さい。
禁を犯して通らなくてもよくなるように。

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P29051000784ちょっと戻って再び別の道を行くと黄金やぐらがあります、
との案内。

といっても行ったことはなかったので、探しながら歩くも、なかなか見つかりません。
新聞配達のお兄さんに聞いても知らないというし、近所の住人らしき人に聞いても知らないと言います。

P29051000781ひょっとしたらその金網の下に小さな洞穴のようなものがあったかも、と心もとないことを言われ、見てみると、確かに小さなやぐらのようなものが見えます。
これでしょうか?知っている人がいれば教えて下さい。何の標識もありません。
1メートル横の道を歩く人も気づかないで素通りしてしまうような、存在感のない名所?です。
だとしてもそっとしておいてあげましょうよ。死者が眠っている場所なのですから。

P29051000793大町をぐるっと回って、御成町方面に出ます。

ここにもかつての繁栄の跡地があります。
今は駐車場ですが、つい数年前まで銭湯があったのです。

瀧の湯。
下が往年の姿です。
真夏の材木座海岸・小坪トンネル~御成町の銭湯瀧の湯
真夏の葉山・小坪トンネル~材木座清水湯

P7193064thumb昭和の時代、
どこにでもあった街の銭湯、
今や絶滅危惧種です。
札幌から一人東京に出てきた18歳の頃、毎日洗面器に石鹸とタオルを入れて行きましたっけ。
今のスーパー銭湯と比べると、お湯がなぜか凄く熱いのですよね。
鎌倉市内では、大船地区を除くとこの伝統的銭湯は水道路の清水湯だけになってしまいました。

2時間近くも歩いたので、小町通り入り口の喫茶店で一休み。思えば私は、59歳、北条高時の2倍近い人生を生きさせてもらったのですね。感謝しなければ。

P29051000798出てみると外は既に薄暗く、クリスマスの世界。
小町通りは「和風」なので、イリュミネーションは少ないのですが、それでも所々にカラフルな光の点滅があります。

平和って素晴らしい!
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P29051000825鎌倉市は、霊感のある人に「血生臭い」街と言われることがあるほど、戦や処刑の多かった土地ですが、そんな気配は微塵もないくらい道一杯に幸せな笑顔が溢れています。

鎌倉カトリック雪ノ下教会は東勝寺跡の近くにありますが、宗教の違いを超えて、無念の死を遂げた多くの人達の鎮魂を祈っているかのように、光に包まれて静かにイエス像が立っています。
無宗教の私でも心が温まります。
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メリークリスマス。

クリスマスイリュミネーションの江ノ電鎌倉高校前駅
クリスマスイリュミネーションの横浜馬車道
クリスマスイリュミネーションのエクシブ初島
フランス、コルマールのクリスマスイリュミネーション
フランス、ストラスブールのクリスマスイリュミネーション

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札幌前田農場を創った前田利嗣侯爵別邸、鎌倉文学館~旧鎌倉御用邸の御成小学校


Photo札幌市の西側に前田という地名があります。手稲山の麓で、今は何の変哲もない住宅地です。幼稚園から高校まで札幌で過ごした私にとっても、何の印象もない住宅地でした。
(←今の前田森林公園)
しかし、ここにはかつて前田農場という北海道開拓の歴史に残る施設がありました。
特に乳牛の育成の日本での元祖とされ、東北の小岩井農場と共に、日本の大農場経営の手本とされました。

Photo_2Photo_4

Imagesしかし、北海道開拓は、生易しいものではありません。
なにせまだ人間が住んでない場所を人間が住める場所にすることから始めなければならないのですから。
一体どれだけの人の命と引き換えに開拓が行われたのでしょう。

Photo_3そんな歴史的事業は自然に発生する訳ではありません。カリスマ的なリーダーが必要なのです。
加賀前田家15代当主前田利嗣侯爵です。
明治維新で殆どの武士は失職しましたが、そんな武士の就活に立ち上がったのが前田利嗣侯爵で、彼が北海道の地に大農場を創り再就職させました。日本一の軍事、経済力を持つ加賀藩前田家一世一代の起業です。

P29011000066P29011000054その前田利嗣侯爵が別邸として建てたのが鎌倉文学館です。
寒い雪国北海道で自ら体を張って農業事業を推進してきた合間に、温かい鎌倉の地で骨休めをしたのでしょう。穏やかな海を眺めながらも、酷寒の地で仕事をしている部下達と牛達のことが心配だったのかもしれません。

P29011000057前田利嗣侯爵は43歳で、
志半ばで亡くなります。
その後、当時の建物は火事で焼失しますが、
後を継いで現在の新しい文学館を建てたのが娘婿の第16代当主前田利為侯爵です。
この侯爵は日本陸軍の大将でもありました。
同期だった東条英機を「頭が悪くて先が見えない男」「宰相の器ではない。あれでは国を滅ぼす」と言ったりと、なかなかの豪傑。しかし最後はボルネオで米軍機に撃墜されて死亡。
彼が戦争・政争の合間に心を和ませたのもやはりこの光景だったのでしょう。

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P10180021戦後はノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元首相の別荘だった時期もあり、
日本の歴史を後ろ側から優しく支えた建物でもあったのです。

我が家でも、この文学館は薔薇の季節に家族で良く来た
平和と幸せの象徴のような場所です。

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P29011000072さて文学館を出て、近くの住宅地を散策。

和風の屋敷も洋館もありますが、
潮風に吹かれながらも、皆洗練された鎌倉らしい家々。

六地蔵を過ぎ、
御成小学校に到着。

P29011000074P29011000079


P29011000082この御成小学校は、次女の鎌倉中学駅伝のゴール地点であり表彰式の場所でもありました。
ちなみに中学3年の時、次女の中学が優勝。次女は第4走者でした。中学陸上部の歓声に満ちていた秋空の校庭。
今は、おそらく御成小学校野球部?の歓声に満ちています。

P29011000081しかし、今でこそ一般市民たる我々が我が物顔で使っているこの場所は、かつては天皇・皇族だけが使っていた場所でした。鎌倉御用邸。天皇やプリンス・プリンセスが避暑ならぬ避寒に来ていた場所でした。
しかし関東大震災で倒壊。宮内庁が廃止を決定し、その後に出来たのがこの御成小学校。
御成の意味は文字通り天皇・皇族がお出でになる、という意味。

話しついでですが、この関東大震災、
震源地がどこか知っていますか?

Photo_5実は東京ではなく、この相模湾。
最も近い街がこの鎌倉だったのですよ。
いわば、鎌倉沖地震とも言うべきものだったのです。
実際、鎌倉市は壊滅的打撃を受けました。
(↑関東大震災直後の由比ヶ浜)
三方を山に囲まれ源頼朝に武士の都の守りに最適と称された鎌倉も、大地震と海から押し寄せてくる津波には無力でした。

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P29011000029今は、そんな昔の悲劇の面影は微塵もありません。
穏やかな海。家族や恋人で溢れる平和な海です。
真夏は由比ヶ浜海水浴場、材木座海水浴場として大賑わい。
我が家族にとっても春夏秋冬、楽しい思い出が一杯詰まった海です。
平和な時代に生きさせてもらってありがとうございます。

P290110180074最後は勿論、温泉。
稲村ケ崎温泉。
露天風呂は、真っ黒い温泉に抜けるような青空。
極楽極楽。

薔薇の文学館・稲村ヶ崎歩き
薔薇の街鎌倉・小町・御成・長谷歩き
秋の鎌倉長谷・山のカフェテラス樹(いつき)ガーデン 歩き

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鎌倉野菜のふるさと、関谷~鎌倉野菜の晴れ舞台「鎌倉市農協連即売所」


鎌倉市のイメージとは程遠い、畑畑畑・・・・自宅から歩いて行けるニッポンの田舎風景。
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P28991120926何の変哲もない野菜畑だとずーっと認識していましたが、
最近なぜか不思議にもテレビにも登場します。

そうです、
鎌倉野菜誕生の地なのです。
鎌倉市関谷。

P28991120992そりゃー鎌倉だって、土地があれば野菜くらい作るだろうな、という程度にしか思っていなかったのですが、
どうも違うらしいのです。

私は食生活に関しては、質より量を常に優先する人間で、標準以下の味覚しかもっていないためでしょうか、
鎌倉の野菜は、形も味も違うというのです。
残念ながら言われるまでは、実感したことはありませんでした。

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P28991120881でも、自分の家の近くの農地が、このブランド野菜誕生の地だというのは嬉しい。
ただの畑に後光が差します。

夏の炎天下ですが、ありがたく見学散歩させていただきましょう。

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P28991120960本当にただの農道。
ブランドという言葉とまさに対極的な場所。
太陽の下で土の香りが広がっています。

いろいろな野菜、良く知ってる野菜、あまり知らない野菜が、
あっちでもこっちでも我が物顔で実っています。

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炎天下で働くお母さんとお父さん。
お父さん、上半身裸は立派、
それでこそ鎌倉野菜の父。

野菜ばかりじゃ味気ない、と言わんばかりに、
所々に夏の花が咲いています。
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P28991120975夏の日差しに似合ってますね。

この鎌倉野菜誕生の地、鎌倉市関谷地区のランドマークがラウンドワンのボーリング場。
どこからでもボーリングのピンが見えます。
ただここは既に鎌倉市ではなく、横浜市戸塚区影取です。
そのすぐ隣が藤沢市。
ここは鎌倉市と横浜市と藤沢市の市境なのです。
当然、同じような畑があり、同じように野菜を作っているのですが、これも鎌倉野菜と言うのでしょうか?
どう考えてもモノとしては同じとしか思えませんが。

夏の花の向こうに控えめにスイカが・・・・見えますか?

P28991120932この間の台風で落ちてしまったのでしょうか、
折角の実が大分落ちてしまっています。

野菜の世界も生存競争が激しいのでしょう。
無事に成長し、市場やスーパーの雛壇に上がるのは何個かに一つなのかもしれません。

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P28991130018_2関谷の隣、歩いて10分程度の藤沢市柄沢にスーパーやおこうがあります。
入口を入るといきなり
「鎌倉の野菜」
「今朝取り」
「産地直送」といった宣伝文句が飛び込んできます。
生みの親の名前・写真も堂々と登場。
さすがに、市は違うけど、鎌倉野菜本場の地元スーパー。
つい丸丸と太ったナスを買ってしまいました。

P28991130010しかし、鎌倉野菜にとって、本当の舞台はここではありません。
選ばれた少数のエリートだけが立つことのできる(本当?)最高の晴れ舞台、
それが鎌倉駅近くの
「鎌倉市農協連即売所」。
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P28991130005_2「鎌倉野菜直売  感じて下さい、季節のやさい。」
の大きな看板。

テレビでも最近、良く目にする市場です。

店内は活気に溢れています。
東京や横浜からも、レストランのシェフといったプロ達が
買付に来るとも言います。

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P28991130004さっきまで関谷の畑でなっていた野菜が色艶良く並びます。
生き残ってきた、
そして勝ち残ってきた選ばれし野菜の誇らしげな姿。

売っているオジサンオバサンに話しかけると、
皆、関谷の人。

そうか、先ほど関谷の農地に人が殆どいなかったのは、
野菜を持って、こっちに来ているからなのですね。
自慢の作品を前に、皆ドヤ顔。

P28991130013どうせなら鎌倉野菜で作った料理を出してくれるレストランにでも奮発して行こう、と思いましたが、
お盆だからか、どの店も夏休み休業。

入口のメニューだけが空しく掲げれています。

諦めて自宅に帰り、昼風呂にでも入りましょう。

それにしても、暑い暑い
夏の日でした。
皆さま、熱中症には気を付けましょう。

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紫陽花の稲村ヶ崎~成就院~最後から二番目の恋の御霊神社


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P28971120211真白き富士の嶺、緑の江の島
仰ぎ見るも、今は涙
歸らぬ十二の雄々しきみたまに
捧げまつる、胸と心
ボートは沈みぬ、千尋(ちひろ)の海原(うなばら)

逗子開成高校ボート部転覆、
12人全員死亡への鎮魂歌。
ここ稲村ヶ崎に石碑があります。

P28971120217私の世代の歌ではありません。私の祖母から聞かされた歌。
学生時代ヨット部だった私の練習海面の一つが、この七里ヶ浜。
それを知った祖母が大反対したこと、大反対したこと。
従いませんでしたが。

この地は、800年前、
鎌倉幕府滅亡の幕開けとなった有名な舞台であり、
また今では、鎌倉ただ一つの温泉がある所でもあります。
我が家にとっても、春夏秋冬、家族の憩いの場所でもありました。

P28971120220急性肝炎で自宅安静して
早3週間。
暇と時間を持て余していた中、
梅雨空の合間の抜けるような青空に誘われ、
市内散策なら許されるだろう、
との気の緩みから、
つい稲村ヶ崎に来ました。
意外と紫陽花がきれいなんですよ、
誰も鎌倉の紫陽花の名所だなんて言いませんが。

写真では、富士山が裾野だけ見せて、奥ゆかしくも、
お顔は雲に隠れておいでです。

ついでなので、もうちょっと散策しましょう。
極楽寺に抜けます。

P28971120186P28971120174


P28971120175紫陽花のシーズンなので、
平日とは言え、
観光客とアマチュアカメラマンで溢れています。

そういえば、フジテレビの「最後から二番目の恋」では、
ここ極楽寺駅から御霊神社横の自宅まで歩くのですよね。
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トンネルの中を歩いて帰る、
という暴挙にでも出ない限り、
どう考えても長谷駅から歩いた方が近い。
でも、なぜか極楽寺駅。
こちらの方が絵になるからでしょうか。

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それにしても、極楽寺の切通しを歩くのは、坂でもあり、
結構な運動ですよ。
お疲れ様です。

そして、もう一つのお約束の地。
鎌倉で紫陽花と言えば、ここははずせません。
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P28971120168成就院。

海と紫陽花のツーショット。

この時期、ほぼ全てのテレビ局で鎌倉の紫陽花特集をやります。
そこで、必ず登場するのが、
この成就院。

P28971120158予想通り、平日にもかかわらず人人人。

紫陽花と人の頭、
どちらが多いか。

それでも、由比ヶ浜を背景にした紫陽花の写真をかろうじて撮ることが出来ました。
もっと上手な写真が巷に溢れかえっていますから、
こんな写真で許して下さい。

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最後から二番目の恋の登場人物にならい、
御霊神社方面に更に歩きます。

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Images222住宅地をちょっと歩くと、そこはドラマでお馴染みの家。
うっかりすると見過ごしてしまうようなひっそりしたたたずまい。
これみよがしな観光案内もありません。
きっと撮影の時は賑やかなのでしょうね。

今は別の意味で賑やかですけど。

P28971120113そうですカメラオジサン達。
紫陽花と江ノ電のベストスポットの一つなので、
大勢のカメラオジサンがカメラをセットして、トンネル方向を眺めています。
気合い十分。

やって来ました、江ノ電。
私も負けじとシャッターを押します。
P28971120124
うーん、出来は今一つ。

しかし、この構図の写真もまた素晴らしいプロのものが巷に溢れていますから、
ここは許して下さい。

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自宅安静でしばらく散策すらしていなかったため、
この程度の散策でもくたびれてしまいました。
御霊神社の森の陰でしばし休息して、今日は帰宅しましょう。
しかしここは狭い敷地ながら、真夏でも木々に太陽が遮られ、
森閑さに満ちた涼しい空間です。
そよ風に身を任せ、心地よい一時。

P28971120230稲村ヶ崎温泉にでも入ろうかな、とも思いましたが、
自宅安静の身なので、
自宅の風呂に入りましょう。

この時期、風呂の窓からも我が家の小さな紫陽花が見えます。
これで良いじゃないですか。

P28971120232早く肝臓が回復して、
また思う存分歩きまわれる時が来ることを願って・・・・


丹沢日向紫陽花道歩き
鎌倉の紫陽花:早朝の明月院・浄智寺歩き
鎌倉の紫陽花:建長寺・東慶寺歩き
鎌倉の紫陽花:長谷寺・成就院歩き
枯れ味程良い開成町、広い見晴らしアジサイ歩き
菖蒲だけでなく、アジサイだって一杯、衣笠菖蒲園歩き
もう見れない幻のアジサイ園、鎌倉まんだら堂、死者の地歩き


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四分咲きの梅、北鎌倉東慶寺・浄智寺~陶芸館けんちん汁


妻が夫を棄てるのは、今や普通のこと。成田離婚から熟年離婚まで、気に入らない夫は、さっさと縁を切れば良いのです。
私達夫婦はどうでしょう?
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さて、夫がどんなに非道なことをしても、夫から離縁状をもらえない限り、離婚が出来ない状態が日本では何百年と続いてきました。夫は妻を正当な理由なく離縁出来ても、妻は正当な理由があっても離縁出来ない・・・・・不条理の極致ですね。夫でもある男の私としては、そんな時代もあったんだなあ、で済みますが、二人の娘の父親としては、絶対許せないことですね。
P28931110256そんな不条理に立ち向かい、600年も不幸な妻達を救ってきた施設があります。
鎌倉の尼寺、
東慶寺。
縁切寺、駆込寺とも呼ばれます。
ここに駆込めば、夫が追いかけてきたとしても連れ戻すことは出来ません。
この寺に来れば、妻から夫を離縁出来るのです。

P28931110292なぜそんなことが可能になったかというと、
鎌倉時代の将軍北条時宗の未亡人覚山志道尼が、息子である次の将軍北条貞時に頼んで出来た、すなわち最高権力者の妻であり母である、
という圧倒的な力を駆使して可能にしたのです。
そうでなければ、こんな超法規的処置は出来ませんよ。

P28931110257この最強のゴッドマザーの強く優しい気持ちが、
600年もの間、
数えきれない不幸な妻達を自由にし、
再び幸福になるチャンスを与えてきました。
本当に素晴らしい女性です。

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P28931110312そんな東慶寺、
今は梅が四分咲。
つい先週まで雪に覆われていた枝や花が、今、まだ頼りない太陽の力を借りて、健気にも自己の存在を主張しています。
もうすぐ春ですね。
中高年女性だけでなく、若い女性達もが、駆込み等とは無縁の朗らかな表情で、梅を楽しんでいます。
今の時代に生きて良かったですね。

P28931110275この東慶寺には、もう一つの際立った特徴があります。日本の知性を代表するような文人・知識人が多く眠っているのです。
堀田善衛、野上弥生子、西田幾太郎、和辻哲郎、岩波茂雄、
小林秀雄・・・・

小林秀雄・・・・仏文科の学生だった私にはとても偉大な人です。

P28931110249特に一時期ランボーに夢中になり、卒論もランボーで書こうか、
と思っていた私にとっては
一度はちゃんと向き合わなければならない人です。
最初に読んだランボー和訳も小林秀雄訳でした。
(訳はどちらかというと粟津則夫の方が好きでしたが)
このお方には、作品とは別に、もう一つのエピソードがあります。
京都から小林秀雄を尊敬し頼って恋人と上京した詩人の、
その恋人を奪ってしまうのです。
ひ弱な文学青年とは似ても似つかない、なかなかの肉食系。
その詩人とは、これまた日本を代表する詩人、中原中也。
もっとも強引に恋人を奪ったのか、女優志望の恋人が自らの今後の人生を考えて上手に男を乗り換えたのかは、分かりませんが。
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東慶寺の片隅に慎ましくたたずむ小林秀雄の墓。
(左写真)
実は、この墓は、
小林秀雄が生前、京都の骨董屋で買い、自分の家の庭に置いておいたもの。
良いですね、自分の好きだった墓標を生前も死後も眺めていられるのですから。
それにしても、骨董屋で買った、ということは、過去誰かの墓だった訳ですよね。
あの世で元の所有者と所有権を巡って喧嘩になりませんか?

P28931110369東慶寺を出て、隣の浄智寺に行きましょう。
今は大きくない寺ですが、鎌倉五山4位という由緒と格式ある寺。

鎌倉時代には、今は住宅地となっている、この遥か奥の方までが寺の敷地内でした。

P28931110348_2最盛期500人の僧侶やその関係者がここで暮らしたり、
足利将軍関係者が逗留したり、
と、まさに政治・宗教の重要な舞台だった寺でもあるのです。

今は、かつての面影はなく、
静かに山の中で
心の平和に浸っています。


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P28931110358_2以前、このブログでも紫陽花の時の浄智寺を紹介していますが、

今日は、雪の中でかろうじて梅が咲いています。

黄色い色のろう梅でも有名な寺でもあります。

紫陽花の浄智寺・明月院歩き

P28931110317P28931110340

P28931110336お腹が空いたので、
ランチにしましょう。

折角の北鎌倉なので、精進料理と行きましょう。
一見食事処には見えない
かまくら陶芸館。
実際、陶芸が行われていたり、
売られていたりしますが、
二階が食事処になっています。
落ち着いており、なかなかのお気に入り。
父の同窓会もここでやってましたっけ。

P28931110333北鎌倉名物?の「和紙の吊るし飾り」が一杯飾ってある店内を通り階段を上ります。
そして、北鎌倉発祥と言われるけんちん汁を注文。
確かに精進料理。
肉や魚等の生臭物は
一切ありません(多分)。
お坊さんはこういう料理ばかり食べるのでしょうね。
たまには良いのですが・・・・・
うーん、今晩はステーキにしよう。

P28931110325食後はカロリー消費のために、少し歩きましょう。

線路を越え、建長寺を越え、
閻魔様に挨拶に行きます。

赤い旗の階段を越えると、
そこは地獄の入口、
ではなく円応寺。
閻魔堂とも呼ばれます。

Photo中に入ると怖い顔の像が一杯。
十王と呼ばれる10人の王様。

死んだ後、どの世界に行くか、
彼らの取り調べと裁きを受けなければなりません。

そして、
天上~人間~修羅~畜生~
餓鬼~地獄の
6種類の世界のどこかに行くことになります。

私は果たして、どこの世界に行けるのでしょうか?
今、人間である、ということも、
かつて閻魔様が決めたことなのでしょうから、
前世もそんなに悪いことはしてなかったのですよね。


Photo_2多分、
そんなに悪いことはしてないと思うので、
また人間にして下さいね、
閻魔様。
20年先か、30年先か、
分かりませんが、
その時はよろしくお願いします。

*円応寺は写真厳禁なので、ネットで公開されている画像を使わせていただきました。実際、閻魔様のすぐ横にカメラが設置されており、違反者を厳しく監視しておりました。

P289310180074_thumb最後は温泉で締めましょう。
鎌倉散策の後は、
やっぱりここしかありません。
稲村ケ崎温泉。
地獄のように黒いお湯で今までの穢れを浄化しましょう。
体の穢れだけでなく、過去の穢れもきれになると良いのでしょうが、それは虫が良すぎるというものでしょう。
閻魔様から怒られないよう、明日から、真面目に頑張ります。


男の駆け込み寺、丹沢 浄発願寺歩き

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