初めての孫連れ旅行は近場の荒崎、隠れ家のような趣の宿、さがみやに孫の泣き声響く

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孫が生まれて4カ月。最近寝返りに成功し、体重も生まれた時の2倍以上に。そんな初孫との初めての旅行。孫にとっても初めての旅行です。

長いドライブは無理なので、日帰りでも不思議ではない近場、三浦半島荒崎にしましょう。

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荒崎にはもう何度来たか忘れました。5回以上来てることは間違いないでしょう。全て日帰り。
ソレイユの丘という子供が嬉しいテーマパーク?には温泉風呂があり、散々散策をして温泉に入って車で帰るというのがお気に入りのコースです。チェックイン時間前なので、まずソレイユの丘を散策しましょう。
見渡す限りの花が咲き誇るのが売りの一つですが、今はちょうど夏の花が咲き終わったタイミングで残念。それでも小さなひまわりが咲いている庭があったので記念撮影。
孫はなかなかこちらを向いてくれません。子供の撮影以上に難しいかも。

Dsc129301736以前はなかった観覧車に乗ります。

明日台風が上陸するとあってどの施設もガラ空き。

孫にとっては人生初めての観覧車ですが、
実感はなさそうです。

Dsc129301738むしろ三浦半島初めての観覧車を一番面白がっているのは私。
初めての景色ですから。
今日宿泊するさがみやが遠くに見えます。
後で風呂に入った時、正面にこの観覧車が見えました。

さて本日のお宿、さがみやに入りましょう。


Dsc129301871実は何度も見て、いつか来てみたいなあと思っていたお宿です。
こんな所にこんな大人の宿があったのか!と驚くような林の中の趣ある旅館。
余程知らなければ分からない隠れ家的旅館です。
東京から不倫カップルが忍んで来るような雰囲気。
隠れ家ではありますが、
景観は全面オーシャンビュー。
相模湾は俺のものだとでも言いたくなる絶景。
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玄関では小泉首相と小泉進次郎氏の写真が迎えてくれます。ここは横須賀市ですから、選挙活動の一環とも言えますが。館内は廊下を含めて全て畳。


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Dsc129301769部屋に入ると相模湾が窓一杯に飛び込んできます。
今日は生憎の天気で海の青が今一つくっきりしませんが。
それに松の形が良い。
まさにニッポンの海の情景。
部屋も椅子もちょっとアダルトな作り。
そんなアダルトな雰囲気を無視するかのように孫が喜んで手足をバタバタさせています。

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Dsc129301800Dsc129301812早速散策に出ましょう。
何度来ても私好みの岩場と波しぶき。
観覧車だけがちょっと違和感。


Dsc129301790Dsc129301789ふと海岸の上を見ると、さがみやが見えます。
部屋にいる妻に電話すると出てきて手を振ってくれました。


Dsc129301813大きな洞窟が幾つかあります。自然が作り上げたものですが、同時に鎌倉時代の下級武士の墓でもあったのですよね。鎌倉では至る所で見れますが。
ここは鎌倉時代は三浦氏の城の一つでもあったのですよね。
それとは無関係だと思いますが、この荒崎は心霊スポットとも言われています。
ふと奥の闇を見ると何やら女性らしき姿が・・・・
幽霊、ではありません。何か撮影しています。何の撮影?
幽霊の写真でしかないでしょうね。状況から言って。

Dsc129301821丘の上に上ると、すぐ先の海にポツンと灯台が。
確か亀井の灯台。
大学のヨット部クルーザー班だった頃、ホームポートだった小網代湾を出て、江の島方面に行くとき最初に目指すのが、この灯台。
この灯台をクリヤすると、後は江の島まで一直線。
もう40年も前のことですが。

宿に戻ると、勿論風呂。


Dsc129301777大きくはありませんが、そもそも部屋数自体が少ないのでこれでも十分。
台風で何組かキャンセルが出たらしく、最初から最後まで独り占め。
温泉でないこと、露天がないことが残念ですが贅沢は言いますまい。
正面はさすがに台風接近で高くなってきた波と一面の大海原、横にはソレイユの丘のイタリア風建物と観覧車が見えます。ここは一体どこだ?と戸惑うような不思議な感覚。

風呂の横には屋上ベランダがあり、暮れゆく相模湾と潮の香を堪能出来ます。
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今まで姿を見せなかった富士山が日の入りの時だけ姿を奥ゆかしく見せてくれました。

そしていよいよ夕食。

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Dsc129301842料理はさすがに定評ある地元相模湾海の幸満載の料理。エビもいつものエビではなく深海で取れるやたら手の長いエビ。深海のカニもあります。海の幸料理としてはトップクラスでしょう。
魚だけでお腹一杯になってしまうほど次から次へと多彩な魚料理が運ばれてきます。

Dsc129301844_24人の席+赤ん坊用座布団。
赤ん坊と一緒に宿で食事なんて、次女が赤ん坊だった30年近く前のことでしたからね。
何となく既視感に陥りますが、私と妻はもうパパとママではありません。
ジージとバーバなのです。
随分長く生きたのですね。

ビールも酒も旨く、赤ん坊も泣きだすことなくご機嫌、
極楽満喫です。

Dsc12930186340年前、風と波にもまれながら練習に明け暮れていた海面を眼下に見ながら、妻子孫婿と温かい宴席とくつろぎの時
・・・・・・
当時思い描いていた予想を上回る幸福です。


荒崎・ソレイユの丘歩き
三浦半島、和田長浜海岸歩き
三浦半島、初音海岸歩き、ビーチバム
三浦半島、小網代歩き


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つつじ祭りの武山、砲台山~イチゴの香り漂う津久井浜


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5月は一年で一番好きな季節、特に五月晴れの日は。定年退職して体重が3キロ近く増えたため久々の山歩きと行きましょう。やはり体重がちょっと増えたものと推測される(多分)妻も一緒です。花王ヘルシア飲んでいざ出発。三浦半島第二の山、武山へ。もうすぐつつじ祭りも始まります。
P20261280230住宅地を越えて本格的な上り坂。
ストック持ったお年寄りたちで渋滞。さすがに平均年齢10歳近く若い私達の方が速い。
「皆さん、急行が通るので左側空けて下さい」というリーダーらしき人の声を尻目に追い越し。
しかし最近、どこへ行ってもお年寄りのハイキング集団に出会いますね、皆さん元気元気。

P20261280234結構な上り坂。
早速息が切れます。
といっても私だけで、
普段太極拳をやってる妻は全然平気とのこと。
所々視界が開け、三浦半島らしい穏やかに平らな大地が下の方に広がります。
汗だくになって(私だけ)何とか頂上へ。


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P20261280289そこはお祭り会場でした。
明日からのつつじ祭り。地元の皆さん準備に大わらわ。提灯に各国の旗が宙を舞います。

しかしここで一つ問題発生。

つつじが殆ど咲き終わっているのです!!(まだ咲いている花だけ撮っています)

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P20261280274「えーっ、咲いてないよお。何でこんなに早いのお」という嘆き声が周りのお年寄り達から聞こえます。観光案内の写真のようなつつじ満開を期待していたハイカーはちょっとがっかり。
所々にまだ残る遅咲きの呑気なつつじが私達を楽しめさせます。
仲間のつつじ達から「何をするにもオメーは遅いんだよ。チームワークを乱しやがって」と怒られているのかもしれませんが、本日は彼等が救世主、輝けるスターです。

P20261280279それにしても明日からのつつじ祭りの準備をしている地元のスタッフの皆さん、ボランティアなんでしょうけど、どんな気持ちですか?
つつじ満開を期待して苦労して山道を登って来た観光客の失望の溜息を、朝から晩まで聞き続けることになるのですよ。頑張っているのに気の毒。本当にお疲れ様です。
今年は例年より暖かいので、花は前倒しで咲く傾向があります、
ご注意を。


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P20261280265気を取り直して展望デッキに上り、眺望を楽しみましょう。
360度の眺望。
三浦半島は俺のものだという気持ちになります。

東京湾に相模湾。
三浦海岸から剣崎、三崎方面まで良く見えます。

P20261280248やや場違いな程の近代設備。YRPです。
すぐ横なんですね。
通信関係の先端的研究施設。昔NTTドコモの仕事をしていた時一度来たことがあります。
あの頃のニッポンのケータイは輝いていたのですけどねえ。
はためく鯉のぼりのように。

P20261280299さて一休みの後は再び山歩き。
隣の砲台山に向かいます。
多少のアップダウンはあるものの快適な尾根道。
やっぱり山道は上りも下りもきついので、平坦な尾根道が良いですね。本格ハイカーには怒られるかもしれませんけど。

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P20261280306程なく砲台山頂上。
武山と違って観光施設はありません。
大きな通信施設と何やら不思議な建造物。
弥生時代の遺跡ではありません。戦争の跡。
名前のとおりの砲台。
攻撃してくるアメリカ軍を迎え撃つ高角砲。
実戦で活躍したのでしょうか。
でも高角砲のような軍備施設は敵艦載機によって真っ先に攻撃され無力化されると言います。ここに配属されても成果を上げられないまま命を落としたのかもしれませんね。故郷故国を守れず無念の死だったのでしょう。まだ若かったでしょうに。

P20261280316さあ、次を目指しましょう。
多くのハイカーはもう一つの山、三浦富士を目指します。
しかし私達は向かいません。
もう次に向かう根性がなくなったためです。
オレンジロードと呼ばれる下界行きの下り道を進みます。
オレンジの名前と違って普通の木々に覆われた山道です。
結構急な下り坂。
上るのは相当きついですよ。
と思っていたら、外人が走って上って行きました。
軍人でしょうか、信じられない馬力。

P20261280323P20261280325鬱蒼とした木々が唐突に終わるとそこは下界のアスファルト道。
そして目の前に広がるオレンジの木々。
だからオレンジロードなのですね。
オレンジだけじゃありませんよ、イチゴも。
あちこちでイチゴ狩りをやっているようです。
P20261280341時々甘い香りが漂い、ここがフルーツの里だということに気づかされます。よっぽど寄って食べていこうかなとも思いましたが、へとへとで頑張れそうもないので、またにしましょう。
津久井川に沿って続くハイキングロードをひたすら歩き続けます。
イチゴとオレンジのお茶目なデザインが疲れを癒してくれます。

P20261280347途中妻と議論になったのが、
これ。
何の畑でしょう?
私はスイカ説、
妻はカボチャ説、
真偽は分かりません。
スイカがこんなに無造作に置いてあるかと妻は主張しますが、三浦半島では結構道端に無造作に大きなスイカがなっていますよね。
答えを知っている人がいれば教えて下さい。


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振り返ると、武山と砲台山が見えます。
我ながら頑張って歩いたと感心します。


P20261280361ゴーという電車の音。
やっと着きました、
京急津久井浜駅。
長かった。
私はもう歩けません。
妻は「私は汗一つかいちゃいない。情けない男。太り過ぎよ」とのこと。否定は出来ません。
ダイエットしなければと思うものの、久里浜駅横のラーメン屋でラーメン大盛を注文する私。

車で来なくて良かった。居眠り運転になっていたでしょう。
横須賀線で帰ってシャワーを浴びて速攻昼寝。
体力なくなりましたねえ、情けない。
60歳になったのです、爺さんなのです、許して下さい。


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別れの花、桜。衣笠山公園に桜咲く~やすらぎ温泉


今年も桜の季節がやってきました。
人間の喜怒哀楽を狂い咲かせる花です。
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P21101250528今年は随分多くの仲間が会社を去りました。
早期退職。
同じ釜の飯を食った同年代の同僚が今までにないくらい多く一斉に退職しました。
同期の桜も一杯います。
皆、第二の人生を目指して旅立って行きました。

P21101250634私も今年11月に定年なので、まもなくです。
長い長い会社人生だと思ってけど、結構あっけなく終わりがくるものです。
この分だと会社人生だけではなく、人生自体も最後までの時間はあっという間かもしれません。
後何回桜が見れるのでしょうか。
毎年毎年、今年も満開の桜が見れた、また来年も見れるかな、と思いながら過ごす狂乱の数日間。
もっとワクワクして良いのでしょうが、
なぜか切ないですね。

P21101250502P21101250505

P21101250510気が良いので、一人で三浦半島衣笠山に。
JR衣笠駅から歩きます。

途中からかなりの上り坂になります。運動不足の身には結構こたえます。

P21101250519私よりも20歳は年上と思しきお年寄りが平然と私を追い抜いていきます。
情けない。
でも、汗をかきかき上り坂を上がっていると、余計なことを考えなくてよくなります。
去っていった仲間のことも、人生哲学も、体の心地よい疲労感の前に、頭の中から消えていきます。

P21101250530大分高く上りました。
ようやく山頂。
平地が広がります。

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P21101250550そして、
さすが横須賀、
桜の向こうは海です。

大きな船が悠然と沖合を通っていきます。
東京湾は相変わらず船で混雑してますねえ。
軍艦は見えません。

それにしても、桜と海、そして菜の花・・・・・
春の香りに息苦しくなるくらい。

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P21101250560あちこちでビニールシートを敷いたり、
ベンチで二人並んだりしながら、
花見ランチを楽しんでいます。

いいなあ。
羨ましい。

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P21101250598春の霞の中から富士山も顔を出してくれました。
分かるかなあ?

右上は猿島でしょう。
そして左は大楠山。
そういえば、ここから大楠山まで歩けるんですよね。

まさにニッポンの春、ニッポンの原風景です。
平和なニッポン、これ以上のことはありません。
平和ボケ大いに結構。

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P21101250695さて、しばしの休憩の後、山を下りだします。
こちらも結構な急な坂。
ころばないようにしなければ。

おっとカモも桜を楽しんでいるようですね。なかよくカップルで泳いでいます。

P21101250664住宅地にたどり着きます。

ここでも桜が満開です。

団地妻も子供達もおおはしゃぎ。

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横須賀線。
遠くに先ほどの衣笠山が見えます。


P21101250645横須賀市立城北小学校。

まだ新学期が始まってないのでしょう、玄関も体育館もガランとしています。
まもなく子供達の歓声で溢れかえるのでしょうね。
ピカピカの一年生がランドセルに黄色いカバー被せて不安げに来るのでしょう。

P21101250649懐かしいですね。

私の子供の頃が懐かしいのか、
娘達の小学校入学の時代が懐かしいのか、
もう訳が分からなくなってしまいました。

私も年を取ったものです。

P21101250659小学校のすぐ近くに銭湯があります。
やすらぎ温泉。

正午からやっています。
入らせてもらいましょう。

これでもかこれでもかと咲き誇る桜の花びらの映像が
熱い湯で少しずつ溶けていくようです。

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春の湯の快感です。

ふじの花咲く菖蒲園~衣笠城址~旅館衣笠温泉歩き
大楠山~あやめ満開菖蒲園~阿部倉湯ノ沢旅館温泉歩き
平作川・北久里浜歩き

昨年までの桜散策
目黒川~戸越銀座、桜歩き
多摩川河川敷に桜咲く歩き
桜桜の湘南平~大磯プリンス露天風呂歩き
桜桜の鎌倉山~七里ガ浜歩き
弘法山の桜~鶴巻温泉歩き
鎌倉、散り桜歩き
平凡な自宅近所、桜散策
旧鎌倉、桜探し歩き
茗荷谷・江戸川橋・後楽園、センチメンタル花見歩き

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40年前をたどって、三崎港~諸磯の海岸を歩く・・・・三崎館本店マグロ尽くし。


P1110120「♪海は広いな大きいな、行ってみたいなよその国♪」。
夕日の大海原を眺めながら18歳の私は海のかなたにあるアメリカ大陸を思い描いていました。
しかし夕暮れのモヤの中から現れたのはアメリカではなく、
富士山でした。

P2892110096540年前、東京に出てきた私が突然一人旅したくなって京急電車・バスを乗り継いて辿り着いたのが三浦半島最南端の三崎。
故郷札幌から小樽・積丹半島に出かけた時見る海は、北の日本海なので、寒く荒々しい。それに比べ、ここは何と温かく優しい海なのだろう、と驚きました。
その時歩いた道をもう一度歩き、その時泊まった旅館にもう一度泊まりましょう。
年を取ると、人間どうも昔来た道を無性に辿りたくなるので
困ります。

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スタートは三崎港。
マグロ遠洋漁業の港として日本人で知らない人はいないでしょう。

P28921100945昭和の日本を思わせる古い漁師街を歩くと、目の前に美しい海水浴場が・・・・となるはずだったのですが、あるのは広大な埋め立て地と巨大な堤防。
冒頭の大海原を眺めた場所だったのですが、
これでは見る影もありません。
三崎という街、本当に海が遠のいてしまっているのです。
残念。

ここ歌舞島界隈は、源頼朝も風光明媚な場所なので、わざわざ鎌倉から遊びに来たそうですよ。それなのに・・・・・・かろうじて、
海水浴場客が使った公衆トイレだけが残っています。
P28921100958しかしもうトイレとしての機能は果たしてないようです。

ちょっと話は逸れますが、
このトイレには逸話があります。
母と子の幽霊が出るという話です。
海水浴場で遊んでいた子供が溺れかけ、それを見た母親が助けに行きました。
しかし、二人とも亡くなってしまいました。母も子も、自分が死んだことを知らないで二人でこの公衆トイレを使うのだそうです。

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P28921100979さて、先へ先へと歩きましょう。
段々昔の面影が戻ってきました。
漁師町、
昔からある船の修理工場、
別荘が優雅に並ぶ入り江。

三崎から諸磯にかけての海岸線は変わりません。

P28921100988実は、このコース、あまりのお気に入りになったため、初めてのデートでも来ました。
そして、大学のヨット部時代も度々同じ道を歩きました。
何せヨット(クルーザー)がこの先の小網代という湾に停泊しており、夏は大きなクーラーボックスを持って三崎まで氷を買い出しに行ったものだからです。当時の相棒にも、「ここは好きな場所なので、良く歩いたものだ」と言ったのを覚えています。

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P28921110053そして今も昔もこの散策のゴールである諸磯に到着。
一体何度来たでしょう。親兄弟・妻・娘達とも勿論来ました。
どおってことない普通の漁村ですが、なぜかお気に入り。静かな湾内を散策します。
ここから隣の浜諸磯湾までの海岸歩きもまた素敵なのですが、
なぜか立入禁止の立札が。
本当に、昔自由に行き来していた場所の多くが立入禁止になっています。
無視しましょう。

P28921110055さて、また脱線。
ここは非常に悲しい場所でもあります。
ルーシー・ブラックマンさん事件というのを覚えていますか?
日本に来ていた英国人女性が織原という男に東京で連れてこられ、この地で殺害されたのです。そして、この海岸の洞窟に棄てられました。

それがここです。

今でも誰かが悼んで花を届けてくれるのですね。
P28921110056ワインもありますよ。

遠い異国の地で散ったまだまだ若い人生、
無念だったでしょうね。

テレビで「娘を探してくれ」、
と必死で訴えていた父親の姿が忘れられません。
ルーシー・ブラックマンさん事件
ルーシー・ブラックマンさん事件(wikipedia )

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P28921110063夕日はここで見ましょう。

といっても、太陽は当分沈みそうもないので、一旦、旅館にチェックインしましょう。
当時と同じ旅館、三崎館本店。明治41年創業というから100年以上続く老舗。
出来た当時は、旅館の正面が既に海で、玄関は今の裏面にあったそうです。羨ましいですね。目の前が海だなんて。
ちなみに今は目の前はバス通りで、向かい側には三崎港産直センター「うらり」という大きな建物がそびえ立っています。

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P28921110067_2そしてここは元祖マグロ兜焼きの店としても有名です。

かの小泉元首相も息子の小泉純一郎氏もここで舌鼓を打ったようです。
宿泊しないで料理だけ食べにくるお客も多いそうです。
部屋からは「うらり」が見えますが、漁港も見えます。
隣は宴会場。準備に仲居さんが走り回っています。

ちょっとくつろいだ後は、いざ再出発。
何としても夕暮れの富士山に出会わなければなりません。昔は歩いて数分で出会えたのですが、今は埋め立て地を堤防で無理。
先ほどの諸磯に行きましょう。
歩くのは疲れたので、今度は車で。

P28921110041先ほどの埋め立て地に着くと、異様な光景が。
一面カモメの群れ。
群れというより地面・岸壁がカモメで埋め尽くされています。
壮観だ、と喜んでいた私は、
次に地獄に突き落とされます。
車が近づくと、一斉に飛び立ちました。
これもまた壮観、と喜んでいたのですが、
何やら上から何かがポタッ、ポタッと降ってきます。
白い爆弾??

P28921110043そうです、カモメの糞です。
何せ途方もない数のカモメが一斉に飛び立ち、そのうちの何羽かが勢い余って脱糞してしまうものですから、白い爆弾攻撃になってしまうのです。
車を急発進させ、逃げます。
安全な場所まで来て、祈るように外に出てみると、
「Oh my God!」。

運転席横の窓とフロント部分が直撃されています。
途方に暮れている訳にも行かなかったので、
車内にあったウェットティッシュと普通のティッシュペーパーで泣きながら後始末をしました。
カモメは今まで好きな鳥だったのですが、
一気に嫌いな鳥になりました。

P28921110051気を取り直して、
諸磯に向かいます。

先ほどの内湾ではなく、外側の灯台のある浜に。
海が多少荒れ波しぶきが立っています。
まだ日が沈むまでには時間がかかりそうです。

待つしかありません。
さすがに寒い。

30分以上突っ立っていましたが、
徐々に富士山が薄暮の中に浮かび上がっていました。

⇒冒頭の写真。

P2892111013840年前は4月初旬だったので、殆ど富士山の近くに日が沈んだのですが、今はやや離れた場所に沈んでいきます。
当時はびっくりしましたよ。
外洋かと思っていたら、富士山だったのですから。
確かに後で地図を見ると、位置関係から言って当然だったのですが。

いよいよ日没。太陽とは明日までお別れです。
頑張って地球を一周してきて下さいね。

P28921110145かなり体が冷えたので、旅館に戻って風呂に入りましょう。
昔のままの旅館なので、風呂はいたって平凡。露天風呂もありません。でも一人占めで、気持ち良いこと限りなし。
体が芯から温まります。
風呂から出てくつろいでいると、妻から電話。
バスで三崎港に着いたとのこと。
今日は、仕事を終えた妻が、夕飯から合流なのです。

P28921110151妻も一風呂浴びて、さあ夕食。
隣の部屋をまるごと使用。
勿論料理は、マグロ尽くしです。
まずはビールで乾杯!
風呂上りの妻も珍しく
一気に4杯。マグロは食べられない所など全くないと言いますから、マグロ料理が次から次へと運ばれてきます。美味しいのですが、マグロの胃袋はちょっとダメでしたね。
ビールの後は冷酒。

P28921110171例によっていつまでもダラダラ飲んでいるので、妻は呆れて部屋に帰ってしまいました。

一人いつまでも酩酊している私。

40年前を思い出します。
ここが三崎一番の老舗旅館だなどと知らずに飛び込みで入ったはいいが、あまりお金を持っていなかったため素泊まり。
素泊まり1500円でしたよ。

今日のように海側に面した広い部屋でなく、
裏道側に面した小さな部屋。

夕食といっても質素なもので、下の階(多分)の食堂で簡単な定食を頼みました。
女将さんがビールをついでくれましたっけ。

P2892111017640年前、どうしても日の出を見たかったので、女将さんに言って目覚まし時計を頼み朝3時にセットしました。
変な客だと思ったでしょうね。
そして本当に朝3時に起きて、城ケ島まで歩いて日の出を見に行きました。


今回はセンチメンタルジャーニーですから、頑張って日の出を見に行きましょう。
歩きじゃなく車で、ですが。
日の出は朝7時くらいですから5時半に起きれば十分でしょう。

「疲れているから私は寝ている」と言うだろうと思っていた妻も、
一緒に行くとのこと。

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P28921110188黎明の三崎港。
当時と同じようにシーンとしています。城ケ島大橋がかろうじて姿を映しています。

そして今度は城ケ島大橋から見る三崎港。
厳かな光景です。
夕暮れと違って心も体も引き締まります。
反対側に目を向けると、既に明るくなってきています。
時々、漁船が早朝の仕事場に向かって行きます。

P28921110193そしてまだ閉まっている城ケ島公園駐車場の入口付近に車を止め、先端に向かいます。
咲き誇った水仙の中を通り抜けると急に目の前が開けます。
日の出はもう間もなくですね。

P28921110205
そして遂に日の出。
昨日お別れした太陽との再会です。
地球を一周してご苦労様。

こうやって毎日が始まり毎日が終わるのですね。

40年というと、何かとんでもない長い月日のようですが、
結構あっという間のような気がします。
人の一生なんて短いものですね。
後何年私は生きるのでしょう。

充分生きたね、
と言って、自分を褒めながら、
あの世に旅立ちたいものです。

諸磯・油壺歩き
小網代歩き
三崎港~宮川湾歩き
城ケ島一周歩き
剣崎 初日の出歩き
毘沙門湾歩き

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実物の原子力空母・イージス艦・潜水艦~日本海軍の元旗艦三笠~どぶ板通り、横須賀海上散策、陸上散策


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で、で、で、でかい!!!今まで見たどんな船よりでかい!
写真ではなかなかその大きさが伝えられないのが残念ですが。

P28911100845米国第7艦隊の原子力空母ジョージワシントン。
船の長さは東京タワーを横に倒した長さ、艦橋の高さはビル20数階の高さ、というから異様とも言える迫力。

長い航海と訓練で出来た錆びが生々しい。
母校横須賀のドッグで補修中です。
いつも横須賀港にいるとは限りませんが、今日は幸運にも見ることが出来ました。
実物の空母を見たのは人生初めてです。

300pxshoppers_plaza_yokosuka3仕事で今、日本海軍に関する出版を企画中の次女が、
どうしても横須賀で軍艦を見たい、と言うので、二人で来ました。
横須賀駅横のダイエーの下から軍港巡りの遊覧船が出ていますので、早速乗りました。
それにしても、平和の象徴の主婦のスーパーと軍港がフェンス一枚を挟んで隣接しているのですから、何とも不思議な光景。
実際、スーパーの中から正面に軍艦が見えます。

P28911100835出港するとすぐ右手がアメリカ海軍の基地。
早速お目見えするのが潜水艦。
乗組員が帽子を振ってくれています。帽子を振るという行為は海軍では相手に敬意を表する非常に大事な行為とのことなので、
こちらも振ります。
手だけですが。

P28911100836P28911100838

P28911100844そして、イージス艦。横須賀にいながら関西までの動きがレーダーで分かるそうです。
ガイドさんが、艦橋の6角形の鉄の板が目印なので、覚えておいて下さい、と言っていました。
全世界のイージス艦の10分の1が、この横須賀にいるそうです(米軍・自衛隊合わせてですが)

その後、沢山の駆逐艦が見えた後、別格の大きさで見えてきたのが、先の原子力空母ジョージワシントン。(左上写真)
他の軍艦が子供に見えてしまいます。

P28911100854P28911100856

P28911100857その後遊覧船は東京湾に出ます。
大きな船が一杯通って仕事しています。

目の前に千葉県房総半島の街や工場が見えます。
本当に目の前。

横浜ランドマークタワーも見えますが(左上写真遠方)、
遥か遠くの蜃気楼のよう。
房総半島の方がずっとはっきり近くに見えます。

P28911100861これ、何の建物だと思います?
リゾート施設?ホテル?
普通、そう思いますよね。

でも、違います。
ゴミ処理場だそうです。
嘘でしょ?!

P28911100865そして船は横須賀に隣接した長浦港に入ってきます。
ここにも多くの軍艦がいますが、全て自衛隊のものです。
掃海艇・・・・・・海の機雷を撤去(掃除)するためだけの軍艦もあります。
それを支援するためだけの軍艦もいます。
一言で軍艦といっても、いろいろあるんですね。

P28911100870そんな中、湾の真ん中にポツネンと停泊する潜水艦発見。
「わかしお」という名前だそうです。

カモメなどの海鳥の家のようになっています。
白い糞だらけの甲板。

現役引退して、壊されスクラップになるのを待つ毎日だそうです。

P28911100871侘しいですねえ、見た目は年老いてないように見えるのに。
動かない訳じゃないでしょうに。
定年まで2年の私には、もうちょっと頑張らせてやれよ、と応援したくなるのですが、
何十人という人の命が掛かっているので、
そうもいかないのでしょうね。

先ほどまで大きな軍艦を見ているせいで、小さく見えますが、これでもジャンポジェット機と同じ長さだそうですよ。羽のないジャンポジェット機・・・・人間の視覚も当てにならないなあ。

P28911100872P28911100873
P28911100876そこから岬を人工的にぶった切って運河のようにした新井掘割水路を通って(そうすることで長浦港から横須賀港までを直結させるため、とのこと)再び横須賀港に戻ってきます。

イモ洗いのように沢山のイージス艦・駆逐艦が並んでいます。
先ほどのアメリカ海軍ではなく、日本の海上自衛隊。
余談ですが、ここから大砲で打つと、横浜駅まで届くのだそうです。凄いなあ!ミサイルじゃないですよ、大砲ですよ。妙に感心。

P28911100878さて、ひしめく軍艦達の中で一際大きな軍艦があります。
いずも。
形は空母のようです。
ヘリコプター用の空母、護衛艦に分類されるとのことですが、見た目はどうしても空母に見えます。
ヘリコプターの空母なんか作ってどうするのだろう、と思うのですが、潜水艦を探るためにはヘリコプターが不可欠で、対潜能力強化の要なのだそうです。
P28911100883


P28911100886それにしても、このイージス艦とJR横須賀駅が隣接しているのですから、横須賀という街も不思議な街。
(左写真で、イージス艦の向こうはJR横須賀駅)
日本では海軍的にはこの横須賀と広島県呉が最重要拠点なのだそうです。

そして、遊覧船「軍港巡り45分、1200円の旅」が終わり、平和の象徴、主婦の店、スーパー「ダイエー」に到着します。次女、意外に大満足。

P28911100892次女が三笠も見たい、というので、陸上散策開始。
程なくアメリカ海軍の玄関に到着。当然、中には入れません。

この中は一つの街で、小学校・中学校・高等学校・病院・郵便局・映画館・各種競技場等が整っています。テレビはアメリカ本土のテレビが映るのだそうですよ。
まさに日本の中にあるアメリカの街。

P28911100894更に歩くと、三河公園入口交差点に出ます。
そこから海側に曲がって歩き続けます。

神奈川歯科大学、横須賀学院高校・中学・小学校を過ぎると、
突然間の前に軍艦が現れます。

P28911100898_2
三笠。

その手前に東郷平八郎帝国海軍司令官の銅像が立っています。

P28911100923数回は来ていると思うのですが、次女は覚えていないのです。
最近、あちこち行く度に、
「ここは昔良く来たねえ」と娘達に言っても、
「知らない」、
「来たことない」
という答えが返ってくることが多く、
何のためにあちこち連れて行ったのだ、と空しくなることがあります。
小さい時の記憶って、こんなに不確かものだったでしょうか?

500円払って、艦内に入ります。
先ほど見た、現代の軍艦と比べると小舟のように小さいのですが、
中はなかなか面白い。

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主砲はさすがに大きい!小さい大砲は、いじれます。取っ手をグルグル回すと大砲が上下に動きます。日露戦争の日本海決戦でロシア・バルチック艦隊に対峙した時は、ここから若者が必至の思いで今の私と同じように大砲が上下左右に動かしていたのでしょう。
自分たちの弾が相手に当たるか、逆に相手の弾が自分たちに当たるか、そんなことは神様にしか分かりません。

文字通り命をかけた仕事です。

P28911100919幸い、この旗艦三笠の活躍で、バルチック艦隊を撃滅することが出来ました。

ロシア側の使者が降伏の調印をしに来た会議室が艦内にあります。艦長公室。
当時の装いのままだそうです。

これがその会議室!
次女も感動気味。

P28911100914P28911100912
P28911100911艦内には、艦長の部屋とか、
艦長の風呂とかもあります。
うーん、この小さな風呂に東郷平八郎が入っていたのか!あまりリラックス出来なかったかもしれません。

その横に、士官室もあります。(左上写真)
決して広くありませんが、
というか狭いのですが、
ここで明日の命も分からぬ若者達が熱き語らいをしていたのだと思うと、胸が熱くなります。

P28911100908Photo
艦橋に上がります。
ここで東郷平八郎が敵艦を前に、指示をしていました。
何もさえぎるものはありません。生身をさらしていたのです。
いつ敵の弾が飛んでくるのか分からないのに。
海の司令官というものは、大したものです。

すぐそばに、この艦橋で敵弾丸に当たって亡くなった人の名前が記されています。
東郷平八郎の位置から数メートルしか離れてませんよ。

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P28911100902デッキで防衛大学卒業生?海上自衛隊入隊者?が記念撮影をしています。
平和な光景に見えますが、今海上自衛隊に入隊することは、平和どころか、戦争で命を掛ける可能性があることを意味します。
不幸なことに。

実際、海上自衛隊の採用面接では「あなたは国のために命を掛けられますか?」という質問が出るそうです。
平和の国ニッポンとは思えない話です。
以前はありませんでしたが、ここ数年はあるそうです。
願わくば、この青年達が本物の戦争に行くことがないよう・・・・

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P28911100936駐車してあるダイエーへの帰り道、どうせなら、ということでどぶ板通りを歩きます。

本当にニッポンの街なのか、と思える程、看板は英語だらけ。
通る人の半分はアメリカ人かもしれません。

P28911100930それにしても、店のメニューを見ると、肉の大きさが日本離れした大きさ。

ここって、昔の映画「日本の証明」で、竹野内豊ふんする主人公の父親が米兵にボコボコにされ殴り殺され、最後に小便までかけられた場所なんですよね。終戦直後のことです。
今は、基地の街の緊張感はなく、いたって平和な通り。
やはり平和は良いものです。
軽々しく捨ててはいけません。

ダイエーに戻ってきました。
駐車場代を少しでも安くするため、食材と缶ビールを買いました。
最後に、次女に近くに新しくて海に面したスーパー銭湯に行こう、と誘いましたが、
拒否されました。
仕方ありません、温泉の夢だけ見て帰路につきましょう。

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全面オーシャンビューの天然温泉のスーパー銭湯
横須賀温泉湯楽の里・・・・

夢の入浴。次回こそ。

横須賀不入斗~天然温泉のぼり龍歩き
横須賀走水、ヤマトタケルノミコト~湯楽の里歩き
横須賀大津・久里浜~やすらぎの湯万葉歩き
アメリカ空軍・航空自衛隊厚木基地一周~ゆめみ処ここち湯歩き

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麻生次郎氏(元首相実弟)が亡くなった三浦半島毘沙門湾沖~松輪とろサバ炙りたて定食


灼熱地獄の三浦半島南端。
あまりの暑さに人間の気配すらしません。海も干上がってしまったよう(引き潮なだけですが)。
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P28811080443時折、あちこちに仕掛けられいるマイクから「本日も高温が予想されます。熱中症に注意して、こまめに水分を取りましょう云々」という声が空しく響きます。誰も聞いている気配がありませんから。
死滅した人類の後、生き残ったシラサギだけが、生命を感じさせます。

P28811080433ここは毘沙門湾。
ここから歩いて隣の江奈湾まで行く予定でしたが、果たして生きてたどり着けるのでしょうか。
殺人的暑さ。
熱中症なんか、私には関係ない、と思ってきた私ですら空恐ろしくなります。

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P28811080450P28811080453
ちょっと寄ってみたかった毘沙門茶屋も暑さのあまり休業?

夏の花だけが、けなげに咲いて、道行く人を和ませています。

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P28811080468さて気合いを入れて海岸歩き。
不気味です。

なぜって、
人が誰もいないからです。
この海岸は、ハイキングコースでもあるので、休日は大勢の老若男女が行き交う場所なのです。
それなのに、一人もいない。
あり得ない景色です。

P28811080467いました一組も釣り人が!
灼熱の太陽から全く身を隠す場所がない、岩場の先で釣りをしています。
あっぱれです!
しかし、熱中症には気を付けて下さいよ。
誰も近くにいませんよ。

P28811080470浅間山が見えてきました。
しかしなぜかぼーっとかすんでいます。
空気のせいでしょうか?
それとも、私の頭がぼーっとしてきたせいでしょうか?
両方かも。

かなりまずいです。
頭がクラクラしてきました。
本当に脳みそが暑さで溶けだしたような感じ。
周りには誰もいません。
フナムシだけは一杯いますが。

断念しましょう。
今日は無理です。
死にます。

私も既に年寄なのですから、
頑張れないのです。
撤退です。

P28811080472_2フラフラと今来た岩場を引き返します。
悔しいけど、仕方ありません。
ここで熱中症で倒れても、
誰にも見つからないでしょう。
そして死ぬかも。

バカって言われるでしょうね。

毘沙門湾に戻ってきました。

P28811080439そして学生時代に聞いたある話を思い出します。
何度か話していますが、私は学生時代
ヨット部クルーザー班でした。
小網代にいつも繋留していますので、この辺りの海はそれこを春夏秋冬通っていました。
その当時の艇長から、この毘沙門沖で、学習院大学ヨット部のクルーザーが遭難したということを聞きました。

P28811080469昭和39年3月のことです。
横浜から油壺に回航していた翔鶴号(ヨットの名前)がこの辺りで遭難し、乗員5人全員が亡くなった事件です。
強風化、毘沙門沖の岩礁に座礁し、そのまま転覆したのです。
毘沙門沖の岩礁は、あの小さな灯台がある岩礁しか見当たりませんから、あれにぶつかったことになります。
事件の後、灯台を建てたのかもしれません。

P28811080454最初はどこかの漁港に避難して無事なのだろう、と皆が思っていましたが、
無常にも、この毘沙門湾に翔鶴と書かれたライフジャケットが流れ着きました。
そして乗組員の上着もこの毘沙門湾で発見されたのです。
そして、最後に、沖の岩礁付近で全員の遺体も発見されました。

P28811080458当時大変な騒ぎになりましたが、それは亡くなったヨット部員の一人が、麻生次郎氏、元首相現副総理の麻生太郎氏の実弟、
かの吉田茂の孫です。
麻生次郎氏は学習院大学で文武両道で大変優秀な人のようでし、アメリカに留学に行く直前だったようです。
麻生太郎氏は、確か既に学習院大学を卒業して、スタンフォード大学に留学していたのだと思います。
アメリカで悲報を聞いたのでしょうね。
一緒に育った弟のあまりに早すぎる死・・・・それは太郎氏にどんな影響を与えたのでしょうか。

ぼーっと毘沙門湾を見ていましたが、
お腹が空いてきたので、ランチにしましょう。

P28811080499本当は歩いて辿り着きたかった隣の湾、江奈湾のエナ・ヴィレッジ、地魚料理「松輪」。
車で行きます。

こんな場所に?!
と思えるかもしれませんが、
なかなかお洒落な場所ですよ。
江奈湾を見渡す三浦漁協松輪支所直営レストランです。
そして、本日のお奨めはサバ定食だ、とのこと!

P28811080475P28811080496


P28811080490サバといっても、ここのサバは普通のサバじゃありませんよ。

松輪サバといって、
ブランド・サバなのです。
丸々太り脂がのっているサバで、地元では黄金サバとも呼ばれています。

メニューにも、「松輪とろサバ炙りたて」と書かれています。

P28811080492実際一口食べてみると、
本当にとろのよう。
炙りたて、とありますが、
殆ど刺身ですね。
サバの刺身なんて普通食べませんが、ここでは山盛りに堂々と提供します。
そして、美味い!!
まさに口の中でとろけるよう。
サバを越えたサバです。
絶対お奨めです。
生シラスもついています。

何せ漁協直営ですからね。

値段もサバ定食とは思えない2600円。
でも、高くないですよ。

食欲も満たしたら、後はやっぱり風呂でしょう。
汗びっしょりどころじゃありませんからね。
P28811080507幸い天然温泉が近くにあります。
マホロバマインドの中にです。

フロントで1000円払って4階の大浴場へ。
しょっぱい天然温泉で、先ほどまでとは違う汗をかきます。

極楽ですね。

P28811080489それにしても、麻生太郎氏も毘沙門湾に来たのでしょうね。
弟の最後の場となった海なのですから。
そして、「お前の分も生きるから、見ててくれ」
と心の中で言ったのしょうか?

そして、晴れて首相になった時、再びこの毘沙門湾に来て、
「弟よ、見ててくれたか?遂に天下を取ったよ」
と叫んだのでしょうか?

(写真は、地魚料理松輪から毘沙門湾方面に見えたヨット。
幻のようにも見えますね)

正月の剣崎・松輪歩き
三崎~宮川湾歩き

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ヤマトタケルが遭難しかけた横須賀、走水海岸~オーシャンビューのスーパー銭湯湯楽の里

優れた武将で女性にモテ、しかもプリンスときたら生意気で鼻息が荒くなるのも無理なからぬこと。
調子に乗って「こんな海なんか、ちょろい」と吹聴したのが、
海の神様を怒らせちゃった。
遭難しかけたのです。おそらくこの海岸の沖で。
P28741070217


P28741070254_2それを知った妻が、この地から海に畳を沖まで貼って助けに行きました。
しかし途中で海に呑まれてしまいました。
命を落としたのです。
そして、妻の命と引き換えにプリンスは助かりました。

実話か神話かは、不確かですが、千数百年前の歴史書「日本書紀」に書かれている話です。
プリンスの名は、ヤマトタケルノミコト、当時の天皇の息子です。妻の名は、弟橘姫(弟ではありません、妻です。左上の石像は走水神社にある)。場所は、横須賀市走水、御所が崎(最初の写真)。

200pxyamato_takerubronze_statueosakそれにしても当時の皇太子は実に生命力にあふれています。

後の戦国大名のように各地の豪族を武力で平定したりするのは勿論、
父天皇の愛人を寝取った双子の兄を、父の命で殺したりします。
上記の弟橘姫は妻ではありますが、9人目の妻です。
羨ましい限りですね。
(左写真は、大阪府堺市大鳥大社の銅像)

P28741070171P28741070176
そんな歴史なのか神話なのか分からない地、走水を今日は歩いています。
南国リゾートのような馬堀海岸の方から来て、途中道があるのだかないのだか分からない海岸の岩場を歩きます。地元の母娘が海草をバケツ一杯採って満足そうに帰宅していきます。
とれたてのワカメは美味しいですからね。

P28741070179P28741070180
とは言うものの歩くのは結構大変。
「消波石には乗らないで。隙間があり危険」だって。
今更遅い。

P28741070182P28741070184


P28741070186何とか乗り越えると、そこは海の家が建ち並ぶ走水海水浴場。

今はひっそりと殻を閉じています。打ち上げられたモーターボートがなぜか哀れ。

客もいない今は、海草の干場ばかりが目立ちます。

P28741070189人気のない漁港。
沖に漁船が所在なさげにアンカリングされています。

どこか遠くの海辺に来たような錯覚を覚えます。

が、漁船の向こうはビルの建つ都会。ここは横須賀市内なのです。

P28741070278下り坂を下りていくと、何やら白い立派な建物。
走水小学校です。
校舎の半分は海に面し、
半分は山に面し、
実に自然豊かな環境。
でも、海に直接面してる、って、嵐の時はちょっと怖いのではないでしょうか。
大人でさえ怖いのだから、子供はなおさら怖いですよね。
逞しい海の子に育つのでしょう。

P28741070268小学校の横は小さな海水浴場。
御所が崎海水浴場。

まさに小学校の横。学校帰りの小学生がプライベートビーチのように遊ぶのでしょうか。
夏は地元の子供の歓声ではじけているのでしょう。

P28741070227
そして、その横が御所が崎。
冒頭の房総半島を対岸に見る海辺。
弟橘姫が海に向かって畳を敷き詰めた、と言われる地。
大きな船が沖を堂々と通り過ぎていきます。

P28741070218房総半島は良く見えます。
今は、蜃気楼のような工場の建物や煙突が見えます。

折角神話気分に浸っていたのに、ちょっと興醒め。
木更津あたりでしょうか。

ただ、近くに見えるため、
「こんな海ひとまたぎ」と感じるのも無理なからぬことかも。

P28741070256そして、妻の弟橘姫が海に呑まれた後、彼女の櫛がこの海岸に流れ着いたとのこと。
それを祭ってあるのが、
走水神社。
海辺の神社に共通の気配、
優しく海を見つめる風情、
海で亡くなり遺体すら発見出来ない漁師達への永遠の悲しみと悼みに溢れています。

入口に弟橘姫の石像があります。
それにしても、愛する夫のために命を捧げるなんて、
事実だとしたら大変なことです。
夫から見れば自分は9人目の妻に過ぎないのにですよ。
切ないですね。

P28741070260神社の下の昭和そのものの売店あります。
子供の海水浴用の道具、駄菓子、文房具、おもちゃとかが置いてあります。

その店先で、猫が海を眺めています。(写真は横向いてますが)
夫婦の愛と死について、哲学してるのでしょう。

P28741070292さて、哲学の次は温泉です。
もう二時間歩きましたから。

横須賀温泉、湯楽の里。

海岸との間には道路がありますが、オーシャンビューのリゾート気分が満たせます。

P28741070294Spa_image

P28741070299特に二階の展望露天風呂が素晴らしい。
(右上の写真は湯楽の里ホームページより)
建物の作りのせいか、目の前の道路の存在を感じさせず、
海に直接面しているような感じ。
ヤシの実並木も見え、まさに南国リゾート。
身も心も癒されます。
勿論、温泉も海水温泉なので、舐めると塩辛い。
長くいると日焼けするかも。

冷たいアイスコーヒーでも飲んで帰りましょう。

P28741070306それにしても、
この横須賀という街、
至る所にかの小泉進次郎のポスターが。
文字通り至る所にです。

彼は、現代のプリンス・ヤマトタケルになれるのでしょうか?


観音崎~防衛大学、京急SPASSO歩き
浦賀、観音崎~観音崎健康ラドンセンター歩き
横須賀海釣り公園、大津おりょうの墓、平作川歩き
横須賀菖蒲園~衣笠城址、衣笠温泉歩き
横須賀 不入斗競技場~のぼり雲 歩き

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青春の海、小網代~小網代緑地~観潮荘海洋泉「油壺の湯」

ピーヒョロロ、ピーヒョロロ、カランコロン、カランコロン・・・・・
夢うつつの頭上から聞こえてくるいつもの音。
自分は今ボロイ寝袋とボロイ毛布の中で、そして狭いヨット
(クルーザー)の室内。
ドアを開け外のデッキに出てみると・・・・・・
P28691060574
そう、これがその風景。
鏡のような水面とぐるっと周りを取り囲んだ森と別荘。
そして1方向だけどこまでも続く海、そしてその先には富士山。

P28691060487P28691060498


P28691060512年間合宿日100日以上、
3年間過ごした体育会ヨット部・
クルーザー班の停泊地、
それがこの小網代。

(4年間のヨット部生活ですが、
最初の1年間は皆ディンギーと呼ばれる二人乗りの小型艇に乗り、希望者だけクルーザー班に移行)

P28691060508今は女性部員も入部し、近くに合宿所があるようですが、
我々の時はむさい男だけで、
合宿所もなく船上生活。
台所もトイレも、そして勿論ベッドも、全て舟の中。

春夏秋冬、
雨にも負けず風にも負けず、ここから相模湾で練習。
春と夏は長期クルージング生活。紀伊半島~四国~九州、
一番遠くは屋久島まで行きました。

そんな小網代を今日は、妻と散策。
風がそんなに強くない冬の一日。

P28691060501クルーザーが一艇
帰ってきました。
今日はどうでした?
風は?波は?
今から撤収して、熱いコーヒーでも飲むのですか?
それとも近くの食堂でビールにマグロですか?

ちなみに我々の時は勿論風呂もシャワーもありませんでしたから、
潮漬けのまま、東京の自宅まで電車で帰ります。

さて、一通りセンチメンタルジャーニーを終えると、
奥の小網代緑地に行ってみましょう。
ここは神奈川でも生態系保存運動の拠点にもなっている有名な緑地です。
P28691060514P28691060515
入口の白髭神社で軽くお参りして奥に進みます。
あらあら大きな貝の清め!

P28691060516P28691060518


P28691060522山道をどんどん行きます。
今は冬だから大丈夫ですが、注意書きに「暖かい季節は、マムシとスズメバチに注意!」とのこと。

分れ道。
片方の道には、道が崩れているので通行を自粛して下さい、ということなので、
もう片方の道を行きます。

P28691060525P28691060526


P28691060536程なく小さな川と橋が。
そして干潟のような場所に
突然出ます。
遠くを見ると、
まさに先ほどの小網代湾。

ここは小網代湾の果てなのです。
そういえば、上級生になって暇な時、備え付けのボートでこの辺りまで漕いで来ましたっけ。

記憶を辿ってみれば、ここはヨットから見えていましたね。
30数年経って、初めていつも見えていた場所を歩く・・・・・
それもまた楽し。

P28691060533おや、
ふと横に壊れかけた建物。

建物は湾の片隅にありますから、さながら海上東屋だったのでしょう。
近くに桜もありますから、花見の季節、海と桜を両方近くで満喫しながらビールにバーベキューを楽しんだのでしょう。
まるで天上生活です。

P28691060537_2すぐ横に別荘の入口が。

もう人の気配はありません。

いつからこんなになってしまたのでしょう?
残念です。
修復しないのですか?

P28691060538さて、ここからは急な上り坂。
体重オーバーの身には応えます。すぐハーアーゼーゼー。
どこまでもどこまでも、
とは言っても、本当は大した距離ではないのですが。

妻など、
「汗ひとつかかなかった、運動にならない」
と言っています。

P28691060559途中から尾根道になります。

尾根道と言っても、ここが尾根なのかどうか、全く分かりません。
身の丈よりはるかに高い熊笹。
視界はありません。

文字通り熊笹のトンネル。

でも、楽チン。

P28691060546
そして、何の前触れもなく、突然視界が開けます。
三浦半島らしい畑の景色と相模湾、そして遠くには江の島、
そして写真だと良く見えませんが富士山。

P28691060556若い夫婦が助け合いながら働いています。
何を育てているのかな?

それにしても夫婦が一緒に働く、というのはどういうものなんでしょうね。
ウチの場合、すぐお互い文句を言い合い、罵倒しあって上手く行かないような気がします。
離れて働いている方が無難かも。

P28691060552広い広い大根畑。
今は大根が旬ですよ、
三浦半島は。
妻が最近、野菜が異様に高い、と言っていましたから、
持って帰りたい、とのこと。
実際、後で帰り道に地元大根を買って帰りました。
近所のスーパーの3分の1の値段だと言ってました。

どこまでもこのまま歩いても良いのですが、このまま行くと三崎口駅の方に出てしまうので、今来た道を戻りましょう。
帰りは下りなので早い早い。

P28691060570途中、ジョギングをしているグループに。
ゼッケンに視覚障害者と伴走者と書いてあります。
確かに良くみると一人の視覚障害者と一人二人の伴走者が手をつなぎ走っています。
平坦な道ではありませんよ。
大丈夫なのでしょうか。
伴走者の人たちは気を抜けませんよ。

P28691060573P28691060579
小網代湾に戻ります。
昔奥の方にあった小網代ヨットクラブが漁村の真ん中にあります。
随分立派になって。

練習後飲み物やカシパンを買った店はもうありません。
少し寂しい。

P28691060495いきなり場違いとも思える風景、
シーボニア。
駐車場には高級車が並びます。

中のクラブレストランで軽く食事とコーヒー。
葉山牛のメンチ、意外(失礼)と美味しかった。

P28691060587しばし休息の後、本日の〆、風呂に向かいます。

油壺京急、観潮荘。
写真の白い建物です。
まさに小網代湾に面した露天風呂があり、最高!

以前来た時、ちょっとしたハプニングがありましたが、
諸磯~油壺歩き、風呂で言葉に出来ないハプニング
1000円でこの海洋深層水の露天風呂なら十分満足。

P28691060590観潮荘側からシーボニアを見た光景。
先ほどまでいたクラブレストランも良く見えます。
(真ん中の低めの建物)

それにしても、晴天の時も、悪天候の時も、眼下の海を外海に向かって出て行ったのですね。
我ながら頑張った、と感慨に耽ります。

P28691060593丁度あの堤防を過ぎたあたりで
メインセールを上げ、
更に定置網が終わった所で
ジブセールも上げ。
西風だと、一気に前から風が吹いてきて、舟が大きく傾きます。
クローズドホールドと呼ばれる風上45度方向に向かう状態。

P28691060489苦しくてもこの大海原に向かって波と風に向かって行く瞬間がたまりませんでした。
だから4年間もやってしまいました。
まさかそれを眼下に見ながら裸で風呂に浸かっていることになるなんて想像もしませんでした。

人生はまだまだ面白い。


三浦半島西海岸歩き、初声海岸ビーチバム
三浦半島西海岸歩き、和田長浜海岸、黒崎の鼻、
三浦半島西海岸歩き、荒崎、ソレイユの丘
三浦半島西海岸歩き、佐島
三浦半島西海岸歩き、大楠温泉閉鎖
三浦半島西海岸歩き、長者が埼~久留和港

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横須賀・田浦の軍艦~深浦ポートパーク~追浜東町商店街通ニュー松の湯

Uボートの艦長が生きている人間として最後に見た映像がこれ?
後数秒後に駆逐艦から爆雷が投下され潜水艦は沈没・・・・
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もう30年前に見たドイツ映画「Uボート」。

幸い爆雷は当たらず、命拾いします。

ここは戦場、大西洋のど真ん中??
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なはずはありません。

平和の国、ニッポンの横須賀・田浦。
軍港の街です。

釣り人にとって、軍艦なんて灰色の無骨な景色の一つ。
熱心に釣果を語り合っています。

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それにしても、軍艦だらけ。

岬の向こうは、本格的米軍。
第7艦隊。

空母ロジョージワシントンがいます。

P28471030066さて、本日のスタートは
JR田浦駅。
軍港の近くとは思えない長閑な田舎の駅。

トンネルとトンネルに挟まれ、
窮屈そう。

駅を降りて山側に行くと有名な田浦梅林。

しかし、逆側を行くと、そこはすぐ軍施設。

P28471030068うん?線路?

草とアスファルトで消滅しかかってはいますが、立派な線路。

偉そうに米軍が自らの権利を主張しています。
昔は、横須賀線から引込み線で軍需物資を汽車で運んでいたのでしょう。

P28471030078隣は海軍の学校。
海軍通信教育発祥の地とのこと。

日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・第二次世界大戦と
日本海軍は活躍し、
破滅します。
その軍人がここで教育され、
海に散って行きました。
この学校の門をくぐった若者の、一体何人が、太平洋の海中を半世紀以上たった今なお漂っているのでしょう。
ちゃんと成仏出来ているのでしょうねえ。
軍神としてでもただの人間としてでも、どちらでも良いのですが・・・・

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背後から生徒の歓声。

教室から、そして校庭で運動している生徒から。
ちょっと高台にある田浦中学校の正門前。
そして裏門前。

戦時中は殺気だっていたのでしょうね。

今は、ただススキの向こうに軍艦が停泊しているだけ。
停泊しているだけでも、威圧的存在感ですが。

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ここから先は海上自衛隊関係者以外立ち入り禁止。
残念ですが、海とはおさらば。

平和な住宅街。
軍港のすぐ横なんて嘘みたい。

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しかし、ちょっと山道に入ると、
鉄条網が。

そしてこの立て札。
「合衆国政府使用区域」ですと。

危険危険って、一体何があるのでしょうね。
まさか、核兵器ってことはないでしょうね。
実は、横須賀の米軍基地には核兵器が持ち込まれている、
という嘘だか本当だか分からない話がありましたよね。

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P28471030122一気に山を降りると、そこは突然、
平和の港。
深浦ポートパーク。
市民のヨットハーバーです。

岬一つ挟んで戦争と平和ですね。

平和って、本当に素晴らしい。

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ヨットハーバーの隣は、続いて漁港。
柿と漁船、
楽しい組み合わせです。

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この港で取れる魚が子供?の絵で沢山描かれています。
美味しそう。

深浦、
工場と漁港とヨットハーバーと住宅が合体しています。
しかも岬の向こう側は、米軍太平洋艦隊基地。

不思議な街。


P28471030134さて、海歩きはこれでお仕舞い。

いくら風が気持ち良いとは言え、
大分汗をかきました。
風呂に入りましょう。

トンネルをくぐって夏島貝塚通りに出ます。

P28471030136ここはもう追浜の駅前通りですが、
追浜の街は、至る所昭和のお店が一杯あります。
懐かしい食堂。
「洋食・喫茶・定食、レストラン」

そして追浜東町商店街通。
ここも昭和です。

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P28471030139焼き鳥屋とファッションブチックの並んだ街角を越えると、
昼間からカラオケの大音声が道にまで響いています。

スナックからですが、
その向かいが本日のゴール、
ニュー松の湯。

P28471030138いかにも銭湯という外観ではないので、なかなか気づきませんが、
中に入ると、そこはまさしく銭湯。

白濁の露天風呂もあるのが珍しい。

熱い風呂
(本当にどうして銭湯って、こんなに熱いのだ?)
に入っていると、
刺青姿の男性と、お〇〇〇〇に大きな青いあざ?がある男性。

P28471030141やっぱり落ち着かないですね。

ゆったりする場所もないので、
上がりましょう。

番台のおばちゃんに
「随分早いのねえ」
と言われました。


やっぱりスーパー銭湯の方が良いなあ。


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三浦・和田長浜海岸~初声・黒崎の鼻~ビーチバム目前にて無念!

「いっしょうけんめい生きてます。私たちを取らないで。」

何のことだか分かりますか?
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花のことです。
そんな大それた花ではありません。
道端にさりげなく咲く小さな山百合のような花。
雑草のような花。
P28451020898そんな花だって、一生懸命生きているのです。
生きているというのは、
それだけでかけがいのない価値のあることなのです。

ハイキングに来た子供に向けた言葉ですが、
なぜか胸に響きます。

今日は、夏から秋への季節交代を感じさせる爽やかな日。
三浦半島を歩きましょう。

P28451020840三浦半島西海岸でまだ一度も歩いてなかった場所、
ソレイユの丘から和田長浜海岸、そして初声海岸・黒崎の鼻を経て、
三戸海岸ビーチバムまでの文字通り海岸歩き。
果たして無事辿り着けるでしょうか。
車をソレイユの丘の駐車場に置いて、さあスタート。
ソレイユの丘「海と夕日の湯」歩き

上の画面は、確か温泉風呂。
後で入りましょう。

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ソレイユの丘から特養ホーム長井サニーヒルを抜けると、
そこはもう光輝く相模湾。
漁船・釣り船・ヨット・ウィンドサーフィン・シーカヤック等、
海に生きる船達が思い思いに波間に佇んでいます。

P28451020860途中、ハイキングコースにしてはやや危険な場所もありますが、
そんなことで怯んでいては海岸歩きはつとまりません。

橋げたの落ちた橋も、何のその。

でも、娘が小さかったら結構びびったかも。
妻も「だからこんな所来たくなかった」と罵声を発すること
間違いありませんし。

海岸では、これまた家族連れが、まだそれほど冷たくない海水に思い思いに戯れています。
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懐かしいやら、羨ましいやら。
ついこの間のようでもあり、相当昔のようでもあり・・・・・
ファミリーライフって、ほんの一瞬だったようjな気がします。

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さて、和田長浜海岸。
今は、さすが秋の味覚、ワカメが美味しそう。
でも、つい1ヶ月前は、まだ夏本番。
海水浴・マリンスポーツ全開。
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一ヶ月前の写真です。


P28451020880_2県立みうらふれあいの森。

娘達が小学校・中学校の合宿で確か良く来てた場所。
皆で来れば、楽しいんでしょうね。
どれだけ騒いだことか。

目の前は海水浴場だし、
言うことなし。

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円徳寺からは、もう海岸線を進めません。
海岸ハイキングでは、よくあること。
諦めて陸路を大回りするしかありません。

それにしても大回りしすぎ。
何と、国道134号線まで出なくてはなりませんでした。
初声高校・潮風アリーナまで来て、Uターン。

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P28451020896さきほどバーベキューパーティーをやっていた家々が湾の向こう側に見えます。
初声漁港は立ち入り禁止。
また迂回。
崖を登り、漁港の先の海岸に。

ついさきほど来た海岸がすぐ先に見えます。
たったこれだけの距離を来るのに、何と遠回りしたことか。

でも、無駄な時間を過ごした、と思うのはやめましょう。
違った景色を味わえたと思えば。

P28451020903黒崎の鼻。
相変わらず家族連れと釣り客が
のんびりと。

さて、やや足元が
怪しくなってきました。
無事岩場を抜けられるのでしょうか。
心なしか潮が満ちてきてるような。

P28451020900そして、遂に海が通せんぼ。
陸路では通り抜けられません。
深くなありませんが、立派な海。

引き返すか否か、それが問題だ。

行きましょう。
多少の濡れが覚悟の上です。
緊張感のあまり、
写真を撮るの忘れてしまいました。

P28451020902意外と深い小さな入り江を過ぎた時には、
股下までびっしょり。
パンツまでちょっと
濡れてしまいました。

でも、行きましょう。
更に。
濡れた半ズボンが、気持ち悪いけど。

P28451020911遠くに、三戸海岸が見えてきました。

そして、良く見ると、ゴールのビーチバムが!!

2年前の夏、妻と泊まったホテル。
ベランダで冷たいドリンクでも飲みましょう。
初声海岸、夏の安近短リゾート「ビーチバム」

P28451020907しかし、大きな壁が。
再び海が行く手を阻みます。

さあ、どうする。
今度は股下濡れでは済みそうもありません。
全身濡れでしょう。
いっそ、泳ぎますか?

P28451020904笑ってはいけないのですが、つい目の前で妻子とお弁当を楽しんでいたパパ、
調子に乗って岩場を降りてしまい、
戻れなくなりました。
小岩を持ってきて果敢にチャレンジしてます。
成功したら私も真似しましょう。

でも駄目でした。
泳ぐしかつい目の前の妻子の場所に戻る術はありません。

P28451020910私も諦めました。
ああ、何と海の無常なことよ!

ほんの目と鼻の先にゴールが見えているのに。
ビーチバムのお洒落な椅子で飲む冷たいドリンクが・・・

仕方なく、
戻って陸方向に向かいます。
前方を、私同様に諦めたさきほどのお父さんが歩いていきます。
再会出来るのでしょうか?

結局、もう海岸には戻れませんでした。

P28451020918P28451020919_2
失意のまま草木の囲まれた山道を歩きます。
そして、出たのが広い広い大地。

どこまでも続く畑(収穫後だから土のみ)・・・・・

P28451020922なかなか思い通りには行かないものですね、
何事も。
下方を見ると、さきほどの初声高校と潮風マリーナが見えます。

大変な冒険をしたつもりだったのですが、
大して進んでなかったのですね。

P28451020926そして、更に落ち込んだのが、後方を見た時。
何と、出発点のソレイユの丘が見えるじゃないですか!

2時間半、山あり谷ありのちょっとしたアドベンチャー気分でしたが、
客観的には地図のほんの僅かを移動しただけ。

力が抜けましたが、
逆い言えば、地図ではたった数センチのどおってことない距離に、これだけの興奮と和みが味わえるのですから、
人生その気になれば、退屈なことなんてないってこと。

P28451020928_2海を背に農業にいそしむ男女が
眩しい。
頑張ってるんですよね。

冒頭の花のセリフ
「いっしょうけんめい生きてます」
一日一日、一瞬一瞬を
しっかり味わいましょう。

追記)
最後は、タクシーでソレイユの丘に戻って、
中の温泉風呂に入る予定でしたが、
半ズボンの替えを持ってきてないので、諦めて帰宅しました。
折角風呂から出て、濡れたズボンなんて穿きたくないですから。
許して下さい。

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