房総で富士山を堪能?冬の澄んだ海と空、南房総洲崎、ホテル風の抄。料理は一番か。

Dsc204401411

Dsc204401244千葉より神奈川の方が富士山に近いはずですよね。
では一体なぜ房総から富士山がこんなに大きく立派に見えるのでしょう?
目の錯覚かもとは思いますが、自宅のある神奈川より房総からの方が富士山を堪能できるのです。

という訳で、今回は冬の南房総の旅。フェリーで浜金谷に着き、館山を越えて先端の洲崎での一泊旅。
妻と義母が一緒です。


Dsc204401398Dsc204401399
Dsc204401208P1290049
Dsc204401288南フランスを想起させる館山の北条海岸、そして太平洋戦争で頑張った館山航空隊を越えて南下すると程なく洲崎。灯台の手前にあるホテル洲崎風の抄は海に面した素敵なホテル。洲崎灯台との位置関係も写真からお分かりになるでしょう。

館内は全て畳敷きなので履物は不要です。

Dsc204401297一階ロビーからも海は一望出来ますが、部屋からも更に海が目の前に。

早速温泉に、
という訳にはいきません。
まずはハイキング。

晴れていますが、さすがに2月初旬の寒さ、それに何といっても風が刺すように冷たい。義母を置いて妻と厳寒散策。

Dsc204401386Dsc204401308


Dsc204401385ホテルのロビー横の階段を下りていくと
すぐ小さな入り江。
洲崎灯台のおひざ元。
栄の浦漁港です。
こんなに寒いのに漁師達が威勢よく働いています。

折角なので洲崎灯台に登りましょう。


Dsc204401237Dsc204401277予想どおり最高のパノラマ。
ここがまさに東京湾の入口なのです。
当然のどかな海とはいかずひっきりなしに大型船が通っています。日本経済を支える海の大動脈ですからね。陸地ののんびりした光景とは対照的な海のエネルギッシュな光景。

Dsc204401226向かって左側には伊豆大島、そして伊豆半島の爪木埼・天城山、箱根山、富士山、丹沢大山、更には横浜ランドマークタワー、ベイブリッジが右側に続きます。
ホテルの仲居さんの話では双眼鏡でスカイツリーも見えるそうですよ。
うーん、三浦半島は一番近くなのですが、どうも存在感が薄い。高い山がないせいでしょうね、どうも薄っぺらい。


Dsc204401278富士山が真正面に良く見えているのですが、写真ではどうしてもうっすらとしか撮れません。
どうして肉眼と写真ではこんなに違うのでしょう。

さて灯台を降りて、真下の台場跡を歩きます。

Dsc204401233Dsc204401234


Dsc204401240Dsc204401239


Dsc204401246台場とは江戸時代の砲台の跡ですよ。
東京湾防衛のため老中松平定信がここに砲台を設置したそうです。
目の前を通ったペリーの黒船には役に立たなかったですけどね。
今は軍人ではなく、漁師の奥様方(多分)が一生懸命海藻を取って家計を助けています。沖の漁船で頑張っている旦那様と共に海で働いているのですね。

更に海岸を歩きます。
妻があやしい足取りで岩場を歩きます。
そろそろ文句と罵声が始まるタイミングなので岩場を諦めて中の道を歩きます。

Dsc204401251Dsc204401258


Dsc204401276Dsc204401262_2海沿いの、でも防風となっている高い笹?の間を歩くと、
程なく洲崎漁港。

Dsc204401263Dsc204401274先ほどの奥様方の労働の成果である天草(多分)が干してあります。美味しそうなのかカラスが突いています。


Dsc204401264Dsc204401268


Dsc204401267洲崎神社下の浜の鳥居がハイキングのゴール。
ここでも奥様方が労働の休憩時間をおしゃべりで楽しんでいます。
なぜか小さな鐘があります。幸福の鐘だそうです。折角なのでチーンと鳴らして帰路につきましょう。


Dsc204401304Dsc204401303


Dsc204401323約1時間半のハイキングの後は勿論温泉。

速攻ダッシュ。

冷たい風で冷えた体が芯から温まります。
部屋からのように海の眺望全開とはいきませんが、立つと海が見え潮風も感じます。

夕方一人で再び灯台に。

P1290042


Dsc204401332日没の海を撮るためです。
予想通り富士山が今度は夕焼けを背にくっきり見えます。
好きですね、黄昏時、そして夜への誘いの時。
先ほど以上に体が芯から冷えたので再び温泉。

そして温泉の後は夕食。
ある程度は期待していましたが、期待以上。
今までのお宿の夕食の中ではトップ3に入ります。
トップかも。
Dsc204401343Dsc204401346


Dsc204401348Dsc204401353


Dsc204401355海の幸満載。
船盛での伊勢海老やアワビの刺身だけでなく、一人一人更に伊勢海老刺身やアワビステーキ。
海の幸だけでなく、和牛ステーキもボリューム満点。
自分で一枚一枚焼きながら堪能します。
味も勿論柔らかく最高!
アルコールも生ビール、瓶ビール、赤ワイン、地元吟醸酒と続き、更に別の吟醸酒を注文しようとしたところで
妻のストップが。
それにしても幸せ独り占め。
極楽とはこのことを言うのでしょう。


Dsc204401356Dsc204401378
翌朝、ぴーひょろろという鳥の声で目を覚ましました。
どうやらロビー横で鳶に餌をやっているようです。
それにしても昨日同様部屋からの海の眺望は最高。

昨日の洲崎神社下の浜の鳥居に行くと、
見事としか言えない絶景。
鳥居と富士山。
Dsc204401406
悔しいけど千葉房総に富士山で負けました。

房総勝浦、おせんころがしの怖い話
銚子電鉄一人旅、犬吠埼といわしとキャベツ
房総千倉、犬吠埼で高村光太郎、智恵子をナンパ


| | Comments (0) | TrackBack (0)

怖いおせんころがし、ひな祭りの花野辺の里、桜開花直後の勝浦~東急ハーヴェストクラブ勝浦


P20241270808「怖い所よ、千葉県民なら知っている」という千葉県出身の義母の言葉。

父の代わりに簀巻きにされ海に投げ込まれた娘の逸話や、実際のレイプ殺人事件の現場とも言われる場所。
心霊スポットでもあるようです。

P20241270806P20241270829

P20241270815慰霊碑の横をほんの数歩登ると・・・・・足がすくみます。
断崖絶壁。
はるか下は波が砕ける大海原。
ここから落とされたのですか?

千葉南房総、おせんころがし。

P20241270814国道脇から草原の道を歩いていくと突然慰霊碑に出会います。
怖い場所だということを知らなければ眺望抜群の観光スポットとも言えます。
しかし断崖絶壁に突き出た先端部分の地でもあります。一歩道を踏み外せば下は奈落の底です。

それにしてもダメな父親のために命を投げ出す娘の話し、多くありません?
飲んだくれ父親の酒を買いに霞ヶ浦の嵐に、漁師の歌声響く

P20241270810強欲で領民を苦しめる豪族の父、優しい娘が諭しても聞く耳持たない頑固な父、極貧に苦しむ領民を尻目に自分は好き勝手やっていたのでしょうね。心根の優しい娘は領民から暴君の娘にもかかわらず慕われ、いろいろ相談受けていたのかもしれません。父親との板挟みになっていたのでしょう。悩みぬいた娘が考え出した解決策は自分の命を捧げること。父親殺害計画を知った娘は父親に変わって自らが簀巻きになり、崖から落とされます。

どんなダメでろくでなしの父親でも娘は絶対可愛いはずですから、その事実を知ったら発狂してしまうでしょう。さすがに改心したと伝えられていますが、むしろ欲も消えて腑抜けのカラになったのでしょう。
娘でなく息子だったらどうだったでしょうね。同じことをしますか?
否、領民の殺害計画に加担して、父を崖から落とし、自分が新たな領主となって良い政治をしなければダメでしょう。たとえ生涯父の亡霊にうなされたとしても。
私のような凡人にはこっちも大変そう。

P20241270834慰霊碑のすぐ横に場違いとも言えるラブホテルがあります。よりによってこんな場所でしなくても。
余程我慢出来ないのでしょうか。

それはそれで欲にまみれていますね。
違う欲ですが。

P20241270838ここはJRの駅のすぐ横でもあります。
行川アイランド駅。
といっても、行川アイランドは既に廃業していますから、停車列車は1時間に一本。かつては観光客でホーム一杯がごった返していたでしょうに。今はまるで秘境駅です。
フラミンゴはどうしちゃったのでしょうね。年老いていく日本社会の縮図を見ているようで寂しい。

P20241270973唐突に場所が変わります。

竹藪の中に御姫様。
否、お姫様だけじゃなくて、お内裏様も三人官女も。
そう、ここはひな祭りの里。
花野辺の里。
おせんころがしから車で10数分の山の中です。

P20241270961悲哀や邪気でなく、ほのぼのとした空気に包まれています。
どこからか笛の音。
幻聴ではありません。
確かに横笛の音が静かな空気の中を漂っています。
ふと見上げると、女の人が本当に笛を吹いています。
ライブ演奏です。

P20241270988P20241270991

P20241270992そして笛の音に誘われて小屋に入ると、
びっくり仰天。
見渡す限りのひな人形。
本当にひな人形の館。
きらびやかで里山の山中にあるとは到底思えない。
娘を慈しむ親の愛情に溢れています。
きっとおせんだって父親に立派なひな人形を買ってもっらっていたのですよ。
ちなみに我が家にも立派なひな人形がありますが、娘達が成長して以来、そう10年間くらい飾っていません。
箱の中にしまったまま。
再び開ける時は来るのでしょうか。

P20241280004P20241280001

P20241270979ひな人形だけではありません、
この花野辺の里は名前のとおり花に溢れているのです。
ボケや菜の花だけじゃなくて、桜も咲いています。
そう言えば桜の開花宣言があったばかりでしたっけ。
満開の時はさぞきれいでしょうね。
この世のものとも思えないほど。

しばし茶屋でコーヒーを飲む私。
P20241270987P20241280014

3月下旬の房総勝浦の旅。
妻と義母との3人旅。

P20241270844P20241270857
宿泊は東急ハーヴェストクラブ勝浦。
かんぽの宿と共に市街からは離れた高い丘の上にあります。部屋からは海が良く見えます。
P20241270850

ゆっくり休んで風呂にでも入って・・・・・という訳にはいきません。
大いに勝浦の街を散策しなければ。

P20241270872漁港近くの市営駐車場に車を停めてウォーキング開始。
隣には威圧的なホテル三日月があります。

勝浦の街中ではちょっと異様な程、大きな存在感があります。
玄関からは大音量で音楽が流れてきます。

P20241270862P20241270874

P20241270876歩きだすとすぐ勝浦漁港。
朝は山ほどの獲れたての魚で溢れかえっているのでしょう。
今は、トラックとフォークリフトが少し行き来しているだけ。
漁港の先も水産研究所やら大きな生け簀やらが連なり、まさに魚で生計を立てている街。
今晩の夕食が楽しみです。
P20241270892P20241270887

潮風に吹かれて、どんどん進みます。

P20241270909P20241270901
水産街を越えると
そこは岬の公園、
八幡岬公園。

先端まで歩くと美人の女性が立っています。

徳川家康の愛人、
お万様です。

彼女も数奇な運命ですよね。

P20241270913実家の城が攻め落とされ滅ぼされる中、
この断崖から布を繋げて海に降り、母と弟と身一つで逃げ延びたのです。
まだ14歳の時ですよ。
いくら後ろから火の手が迫っているとは言え、この崖から布で海まで降りれますか?
今誰かにやれといってやれる勇気のある人がいるでしょうか?
おせんころがし程ではありませんが、十分高い断崖絶壁ですよ。
いざという時の女性って本当に恐ろしい決断をしますね。
くわばらくわばら。

P20241270916P20241270925
180度水平線ですが、一つ気になる碑が。
最近の日付の名前がありますよ。
まさかここから飛び降り自殺したんじゃないですよね。
この沖合で海難にあって亡くなったのでしょうか。
海辺の観光地って、一皮むけば海で命を落とした人達の悲劇の場所でもありますからね。
勝浦灯台が急に物悲しく見えてきました。

P20241270934P20241270932

P20241270940結構歩きましたが、再び街中を歩きましょう。

随分立派な家々があります。
廻船問屋ですって。
豪商なんでしょうね。

勝浦は朝市が有名ですが、これがその朝市の通り。
今は普通の商店街です。
明日朝来てみようかなとも思いましたが、水曜日(明日)は休みの日とのこと。
残念。

P20241270945「武大生、歓迎」とあります。

そう言えば勝浦市の人口の1割は国際武道大学の学生とどこかに書いてありました。
格闘家の街なのですね、
頼もしい。
勝浦駅を通って市営駐車場に戻り、ハーヴェストに戻ります。

P20241010887今度こそ風呂。
3階ですが、眺望抜群。海を眺めながら至福の時。
そして夕食。
和洋バイキング。
アルコール飲み放題1630円は安い!しかも一人だけでの注文もOK。私のためにあるような料金です。ドライブして歩いて風呂入ってビール・・・・・クー、最高です。

P20241270956ただ一つ残念なことが。
魚の街勝浦で、海の幸を期待したいところですが、完全に裏切られます。
海の幸がないのです。
ただ一つのアワビ刺身も輸入物とのこと。
東急ハーヴェストは良く使うのですが、妻も義母も「食事に関しては東急ハーヴェスト最下位」という評価で一致。(朝食もです。)カレーライスは美味しかったと言っていました。

とはいえ、私は食べることより飲むことにより楽しみを感じているので、ビールにワインに日本酒飲み放題は嬉しい。甲斐甲斐しく働くスタッフの方々、こんな酔っ払いオヤジにサーブしてくれて本当にありがとう。

そして経営者の方、海の幸、もう少しなんとかなりませんか?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

水水しい水の郷、水郷~ニッポンのベニス潮来~男性従業員のおもてなし輝く潮来ホテル


P28961110916どこにでもありそうなニッポンの農家の集落。

川と田んぼに囲まれた家々。

ところが、どこにでもある集落ではないのです。

P28961110868

P28961110859ここはベニス。

潮来の加藤洲と呼ばれ、
かつては湖の中で孤立した島。

人々の交通手段は舟。

水戸黄門も何度か楽しんだ、という水に囲まれた生活。
P28961110861かつては、そこらじゅうに水路が張り巡らされ、
隣の家に行くのも橋を渡らなければ行けなかったとか。
今も、その家並みの間の水路を舟で進みます。

十二橋巡りと呼ばれる潮来の
代表的な観光。
妻と二人で乗ります。

P28961110866水路に面した店があります。
おだんごが名物のようです。

潮来を出ると、目の前の北利根川を渡り、
この家々の間を通り、
新島小学校の前を抜け、
与田浦を通って、
再び潮来に戻ってきます。

P28961110905P28961110893


P2896111088470分のコースでしたが、あまりに面白かったので、今度は歩いて先程の水路と散策。
この普通の農家がベニスだなんて、信じられます?
でも、この農家の向こうの家に行くには、本当に橋を渡らなければならないのです。

P28961110900大変なサプライズのあった水路ですが、
船頭さんはいただけない。
多くは女性の船頭さんですが、
私達の舟はおジイさん船頭。
無口で何も話しません。
質問しても、耳が遠いのか、
まともに答えてくれません。

すぐ近くを進む女性の船頭さんの話声や歌声が聞こえてくる中、
味気ないガイド、というかガイドなし。
もし良心があるのでしたら、
「私はガイドはしません。舟の操船だけしますから、値段は半額
(6800円の半額)で結構です」と言って欲しい。
また十二橋巡りに乗るお客さん、船頭がおジイさんだったら、
「ちゃんとガイドしてくれる女性の船頭に代えて下さい」
とリクエストしましょう。

P28961110945P28961110943P28961110941翌日、今度は与田浦に隣接した水生植物園に。

今度はちゃんとしたガイドをしてくれる舟に乗りました。
やっぱりいろいろしゃべってくれるおばちゃんが良いですね。
楽しい。

P28961110936P28961110956あやめもフジも睡蓮も、皆美しい。お薦めの花の里です。

P28961110974P28961110711P28961110713P28961110799

P28961110846それにしても、水郷と呼ばれるだけあって、このあたりはどこも水に満ち溢れています。
水水しい、
と表現したら良いのでしょうか。
どこにでも川や沼があり、
舟があり、
釣り糸と垂れる人ありなのです。
今でこそ川や湖の面積は減ったものの、田んぼのある風景ですら、人々の生活が水上でなされているような錯覚を感じる程に
水水水・・・・

Imagessendhihiro1Imagessemchihiro4P28961110875
Imagessendhihiro3_2
宮崎駿の千と千尋の神隠しに、水の中を電車で旅する場面がありますが、
それを想起してしまいます。
電車は実際は高架線を走っていますが、
気分は水の中を走ってるよう。

P28961110903宿泊は潮来ホテル。

潮来の一等地に立ち、
建物も立派。
部屋は3階で、正目も横も北利根川が見えます。

冒頭の写真も
部屋から対岸を撮ったもの。

P28961120018P28961110927部屋は広い角部屋。
風呂も4階で、眺望抜群。
露天はあればなお良いのですが。

P28961120031ただし食事はいけない。
そもそも食事をする会場のテーブルが、会議室の資料デスクを並べたもので、クオリティー感がないだけでなく、足をテーブルの下に入れられません。
食材もダメ。いかにも鮮度の悪い刺身(妻は大分残しました)に、
温かくない、というか冷たい天ぷら(妻は全く食べませんでした)、
冷たくない冷酒・・・・なめてますよね、客を。
前日までの割烹旅館銚子屋の爪の垢でも煎じて飲め、と言いたい。
P28961110910一生懸命踊っている舞子さんは良かったけど、
不満ついでにもっと言わせていただきます。

今時部屋の鍵が一つはないんじゃない?
○○○しても、水の勢いがなく流れないトイレ、
外のコンクリートの枠には鳥の糞がてんこ盛り等々・・・
どうせ黙っていたって客は来るのだから、
食事や施設に金なんかかける必要はない、
という経営方針なのでしょう。
しかし従業員の態度には好感が持てます。
特に男性従業員の一生懸命さ、かいがいしさは、
ホスピタリティーに溢れていて嬉しい。
妻もこれだけは大変満足。

これだけ良い立地なのですが、満足度は過去20年間位に宿泊したホテルでワーストワンでしょう。
この記録はなかなか破れなさそう。

P28961110922十二橋巡りのおジイさん船頭さんについてもそうですが、観光地としての魅力向上の姿勢が衰弱しているのではないですか?
今日、観光地間、ホテル間の競争が激しく、切磋琢磨を怠った観光地・ホテルは衰退します。
折角良いものを持っていながら、「潮来に行ってみたい」という中高年の客が高齢化していくなか、
そして若者の気持ちを取り込めないまま、観光地自体が高齢化・衰退化していくような気がします。

今回のゴールデンウィーク、4泊5日で水郷・潮来の旅。
頭の中は水水水・・・・・
水郷という名前の意味をしみじみ感じた日々でした。

P28961120005酔って夜のあやめ園を散策。

あやめはまだですが、たっぷりした水の気配が
最高に心地良い。

本当のベニス旅行:小運河~スプレンディドホテル歩き
本当のベニス旅行:天国に一番近い島ブラーノ島~ベニス・アカデミア橋界隈歩き
本当のベニス旅行:大運河は私達のもの~NHマノン・ホテル・スウィートルーム


| | Comments (0) | TrackBack (0)

土浦予科練、あまりに早く散った命~霞ヶ浦に面する割烹旅館銚子屋一人風呂


2896p51Defaultすぐ後ろに迫るロッキードP51
ムスタング。
かろうじてかわし逆に後ろを取って撃墜。
土浦予科練卒業したての練習生にとっては酷な実戦だったが、教官岡田准一の活躍で無事帰還。
永遠のゼロのワンシーン。

P28961110628P28961110619P28961110620ここは霞ヶ浦に面した自衛隊敷地内の雄翔館。

本物の戦車と山本五十六の銅像があります。

中にはかつてこの地にあった予科練で亡くなった青年全員の写真があります。
P28961110623P28961120043
下の写真は、明るい屈託ない笑顔の若者達ですが、
特攻で全員
間もなく亡くなります。

予科練は約2万4千人が卒業し、
約1万9千人が戦死しました。

殆どが前途ある10代の少年達でした。
30歳になると、
パイロットとしてはジイサンと呼ばれていたそうですから。
そんなジイサンですが、実際にはあまりいませんでした。
その前に戦死するからです。

上の写真、戦闘機の下には燃料タンクでなく、
爆弾を抱えています。
帰りの燃料はないのです。
二度と大地を踏みしめることはありません。
見送る女性学生は、どんな気持ちだったのでしょうねえ。

P28961120044P28961120036P28961120037ここ予科練は戦時中は倍率数百倍の難関を突破してきた海軍のエリートの玉子。
14歳~15歳から3年間、
ここで寮生活をします。
朝6時から夜9時まで授業に訓練の日々。
体力バカじゃいけません。知力もつけなければならないのです。
上左は実際の時間割です。
睡眠はハンモック。
隣の予科練記念館には、机もハンモックも
実物が当時のまま展示されています。

P28961120039唯一の息抜きは日曜8時から
16時までの間にだけ許された
自由時間。
たったこれだけ、今の中学生高校生には到底耐えられません。

そして、土浦の食堂等に出かけていったそうです。

指定食堂というのがあって、
そのどこかに行ったのです。

P28961110633P28961110636P28961110637現在の当時のまま残っている天ぷら屋ほたてに行ってみました。
昔ながらの建物に昔ながらの室内、それに昔ながらの柱時計。
昔ながらのかきあげ天丼を注文します。
親元離れて寮生活をする中で、この天丼を予科練の生徒達は、さぞかし楽しみにしていたのでしょうねえ。
寮の食事は質素なものでしたから。

Imagesb29bしかしこの予科練と隣の土浦海軍航空隊は、当然アメリカ軍の標的にされました。
連日B29の爆撃と先のP51やグラマンF6Fヘルキャットの機銃掃射に襲われました。
中でも特に昭和20年6月20日の空襲は酷かったようです。
当時の様子がかなり克明に展示されています。
特に空襲を生き抜いた市民の肉声にはリアリティーがあります。
記念館展示の最終コーナーで
15分程度の映画を見ることになりますが、
強烈なメッセージを発しています。

それは戦争の美化でも、特攻隊の英雄視でもありません。
一点の迷いもない単純明快なメッセージ
「戦争は絶対行ってはならない」
「何でこんな明快なことが分からないのか。戦争はどんな理由があってもやってはならないのだ」
というものです。
戦争の是非に対する問題提起でもありません、
無条件な戦争否定です。
戦争が目の前の現実に引き起こす究極の残酷さを体験した者が語る言葉です。

P28961110625昨今、日本は
右傾化しているだとか、
若者が隣国に対して排他的攻撃性を表しているだとか、
ゼロ戦を扱った映画がヒットしているだとか、
戦争の酷さを忘れたかのような社会現象が散見されます。
日頃の鬱憤、将来への展望のなさが、他国を叩くことを促しているのでしょうか?
危険な兆候です。
是非、この記念館に来て、戦争体験者の声を聞いてみて下さい。
そしてもう一回
「戦争は絶対してはならない」という気持ちになりましょう。

P28961110821予科練の生徒も、
毎日見ていた筑波山。

当時も今も、
人々の営みをやさしく見守っています。
多分。

P28961110664平和な霞ヶ浦を散策した後は、
2日連続で宿泊している割烹料理銚子屋でくつろぎます。
霞ヶ浦と北利根川に挟まれた、湖に突き出した場所に一軒毅然と立つ宿。

幸い、今日は宿泊客は私一人。
割烹旅館なので、宿泊しなくて、料理だけ食べていく客は多いそうですが・・・・
今日も地元の農家の人々の宴会があって、大忙しの美人女将。

さて、風呂は一人占め。
ジャグジー付きのこじんまりした風呂。

ここで、再び瞑想。

P28961120040あまりに多くの遺書。

「・・・・自分は長男として、
お父さんお母さんに対する親孝行を一つもしてないのに、お父さんお母さんは幼い時から自分を可愛がって育てて下さって、成長するにしたがい、いつも自分の身をご心配下さってありがとうございました。
お父さんお母さんの大きなご恩の、一万分の一もお返し出来ないまま、親よりも先に死ぬという親不孝をお許しください。
弟よ妹よ、つまらない自分を兄をして付き合ってくれてありがとう。
自分が死んだあとは、お互いに協力して、年を取っていくお父さんお母さんの面倒をみて、
自分の代わりに親孝行してやってください。
最後に、いつも自分を励ましてくれた先生や親友に感謝します。

P28961120042お父さんお母さん、お体を大事に、長生きされますように、
あの世から祈っています。

辞世の句
散りてのち なほ白雲となりて すめら御国を永久に守らむ」

地元阿見町在住辻猛さんの兄、辻始さんの遺書と写真です。

20歳を迎えることなく亡くなっていったあまりに多くの少年。
生きていれば、いろいろ楽しいこと嬉しいことがあったでしょうに。

こんな手紙を子供からもらった親は
一体、どんな気持ちになったのでしょうね。
当時は、悲しんじゃいけない、お国のために立派に死ぬのだから、と悲嘆にくれることすら許されなかったと言いますが、
自己を欺くのも限界があるでしょう。
自分が死ぬより悲しいのです、親なら。
子供を失う親の気持ちに当時も今もないはずです。

P28961110669_2銚子屋の部屋の真正面に沈む夕日。
銚子屋の美人の女将に聞くと、夕陽が沈むのが、こんなにきれいに見えることは、あまりないのだとか。
いつも霞んでいるから霞ヶ浦なのだ、とのこと。

幸運でしたね。
こんな平和な時代に生きさせてもらって。

感謝。


追記)本文中の写真の多くは、予科練平和記念館で売っている記念本「予科練ものがたり  阿見町」の中に出てくる写真を撮ったものです。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

漁師の娘の歌声響く霞ヶ浦・浮島~麻生温泉白帆の湯~割烹旅館銚子屋


P28961110813
「浮島名物、一に大根、二に鮒鰻、三にお光の歌・・・」夕べの湖畔に響く娘の歌声に荒くれ漁師達も思わず手を止めて聞き惚れました。人の背丈より高いアシに埋もれるあばら家からその歌声は聞こえてきました。

P28961110656ここは霞ヶ浦にポツンと浮かぶ島、浮島。
といっても江戸時代の話で、明治以降、浮島周辺は干拓が進み、かつての湖も今は田んぼ。
車で通ってもここが離れ小島だったとは誰も気づきません。
そしてここを舞台として描かれた小説(1897年発表)が
徳冨蘆花の「漁師の娘」。

P28961110718P28961110603

P28961110737浮島の東の端のアシに埋もれたあばら家に住む老夫婦と娘のお光の物語。
娘と言っても、50歳を過ぎた父親が隣の潮来に網糸買いに行った時、アシの茂みの中で息も絶え絶えに泣いていた赤ん坊を拾ってきたという、言わば捨て子。子供に恵まれず寂しい日々を過ごしていた50過ぎの夫婦が、目の中に入れても痛くない、といった育て方をした娘。

大変な美人だったお光は、潮来一の金持の妾にならないか、と言われたが断ったり、華族の若旦那に一目ぼれしたものの、潮来で女郎相手にばか騒ぎしているのを見て百年の恋も冷めたり、とか、いろいろあったものの、結局はアシの中の実家で両親の手伝いをして、歌を歌うことだけを楽しみに暮らします。

P28961110722折角なので、浮島をグルリと一周してみましょう。
といっても全部歩くのはさすがにしんどいので、歩いたり車に乗ったりして。
実家のあったとされる妙岐ノ鼻当たりからスタートです。今は野鳥観察の自然公園のようになっていますが、アシの茂みをかき分けて行くと水辺に出ます。こんな人気のない寂しい所に夫婦二人で家を建てて住もう、等とよく考えましたね。
究極のアウトドアライフです。

P28961110743P28961110763
そこから湖に沿って西に歩くと和田岬に出ます。小さな漁港ですね。キャンプ場もあります。更に歩くと西の洲岬まで辿り着きます。
石像の親子が遠くの筑波山を眺めています。

P28961110768P28961110775

P28961110787今では、そこから先は田んぼですが、当時はここが西の端。
川に沿って、言い換えると当時の海岸線(当時は太平洋と繫がっていて淡水でなく、海水だったとか)に沿って
今度は東に進みます。
歩きでなく車で。
(写真の、道路の左が島、右が海です)
程なく人家立ち並ぶ集落に出ます。ここが浮島の集落。「茨城百景 夢の浮島」の石碑があります。

P28961110798今は小さな川が家並みに平行して流れますが、これはかつての海岸線ですよね。
湖といっても、霞ヶ浦ぐらい大きいと水海と書いた方が良いかも。
海に面した家並み、と思って見ると、なかなか勇ましい景観。
好きですね、こういう景色。

そのまま川に沿って進むと稲敷大橋近くに出て、最初の妙岐ノ鼻に戻ります。全部ではありませえんが、ハイキングコースにもなっていて、歩いて一周するのも良いかも。

P28961110610さて、物語の最後は、老いと共にリウマチが悪化した父親が嵐の晩、「焼酎が飲みたい、焼酎が飲みたい」と叫び続け、
それを聞いた娘お光が、一人で舟を漕ぎ出で、対岸の麻生に焼酎を買いに向かいます。
娘がいなくなったのに気付いた両親が家の周りを隈なく探しますが、発見したのは、舟がなくなっていることだけ。沖合に僅かに見える小舟。そして見えなくなります。
嵐が過ぎ去ってもお光は帰って来ず、何日か後に、自分の家の徳利が流れ着いただけ。
遭難したのです。

P28961110734浮島側から対岸の麻生を眺めると、結構な距離です。ちょっと前までは時々遠泳大会等もやっていたそうですが、凪の時ならともかく、嵐の時に小舟で向かうのは、現代であっても無謀だろう、と思われる距離です。
そこまでしてもダメオヤジ化した父親のために焼酎を買わなければ、と思ったのですか?
赤ん坊の時、一度は命を失ったのを、甦らせてくれた恩ですか?

P28961110814舟でなく、車で対岸の麻生に向かいます。
ぐるっと霞ヶ浦を回りますが、20~30分程度で着きます。
天王崎公園から眺めると、
丁度正面に浮島が見えます。
やっぱりかなりの距離です。
私なら天気の良い日であっても、ボートで向こう岸に行こうなんて、決して思いません。

P28961110818P28961110820

P28961110809折角なので、ただ眺めるだけでなく、温泉に入りましょう。
麻生温泉白帆の湯。
温泉です。

3階が風呂になっていて、風呂に浸かっていると、写真のように正面に浮島が見えます。

最高の心地良さ。
こんなに呑気で極楽気分になっていて良いのでしょうか?
ごめんね、お光。


P28961110663_2さて、今夜の宿泊地、割烹料理「銚子屋」に行きましょう。

霞ヶ浦の東南端にあり、
まさに湖に突き出している宿。

周りには人家も一切なし。
湖に一軒突き出たあっぱれな宿。

五代続いている老舗。
元々はもう少し潮来よりの牛堀という場所にあったのですが、40年前に、今の女将の父親がこちらに移したそうです。
父上は画家小林晟だそうです。宿のあちこちに霞ヶ浦や筑波山が描かれた油絵が飾ってあります。

P28961110650_2P28961110649
部屋に入ると、そのあまりの眺望に絶句。霞ヶ浦は俺のものだ、と叫びたくなるくらい。
正面が霞ヶ浦、横が潮来に通じる北利根川。
右写真に写っている藁ぶき屋根の小屋は茶室だそうです。

そして向こうに筑波山が見えます。
P28961110826
そういえば、学校への行かず、誰も友達がいなかったお光の唯一の友達だった筑波山。
春夏秋冬、朝に夕に話しかけていた筑波山です。

丁度夕食の時に、正面に太陽が沈みます。

P28961110684
料理と日没・・・・最高です!
こんな幸せ独り占めして良いのでしょうか?
P28961110694左の写真はまだ序の口。
割烹旅館というだけあって料理は、鯉等の川の幸、山の幸がこれでもかこれでもか、というくらい出てきます。
翌々日から宿泊した潮来ホテルの夕食なんて、美味しさも食材の豊かさもこれに比べると足元にも及びません。

それに何より女将が美人。
絶景を前に美人にかしずかれて豪勢な食事。
まるで殿様になった気分です。

正面左が浮島、右が麻生という眺め。
もう一回、お光ごめんね。
おじさんだけ、こんな良い思いして。

P28961110831私は無類の酒好きだし、
我儘で一度言い出したら聞かない性分なので、
年老いて同じような我儘を娘に言わないだろうか心配です。
年老いて、体が不自由になっても、どうしても冷えたビールが飲みたい、なんて騒いで、
見るに見かねた娘が嵐の中ビール買いに行って、
交通事故で死んだ、なんてことになったら、どうしよう。

生きている間は、理性とプライドだけは、保たせて下さい。
年老い過ぎて、理性とプライドが保てなくなったら、あの世に旅立たせえて下さい。
神様
お願いします。

P28961110657追記)
この小説の記念碑が浮島のどこかにあるらしいのです。稲敷の市役所観光課や郵便局等に聞いて回りましたが、誰も知りませんでした。それどころか、小説の存在自体も誰も知りませんでした。自分達の街が小説の舞台になっているのに・・・・・

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ニッポンの夏の田舎、昭和の夏の里、千葉県野里、義母の別荘


P28801080391

P28801080349何度か行って泊まったりした千葉県野里の家を売ることにしたそうです。
義母の別邸。別邸別荘というには、あまりに普通の田舎の家。
元は義母の祖父が別荘用に買い、義父がまめに手入れをして別荘のようにして住んでいた家です。

P288010803503方を生垣、1方を竹藪に囲まれた木造平屋の一軒家。

妻は子供の頃、
夏休みの長くをここで過ごしたこともあるようです。
義父が亡くなってから殆ど来ることがなくなり、欲しいという人が現れたので、とうとう売ることにしました。

P28801080354売るとなると寂しいもので、
ついつい名残惜しくなります。
バーベキューをやった庭も、今では雑草に飲み込まれそう。

ついでなので、
近くを散策しましょう。
まさにニッポンの田舎風景です。

P28801080363P28801080372


P28801080368P28801080375
稲がたわわに実っています。

P28801080404P28801080406
ひまわりも道端で野性的に咲き誇っています。

P28801080394P28801080427


P28801080428P28801080355
P28801080400道には懐かしいシロツメクサも。
それ以外にも、夏の花が今を待っていたとばかりに、咲いて、
「私を見て見て」と言ってるよう。

働き者の農家のおばさんも、
花に負けず、
誇らしげです?

P28801080359P28801080360_2
何でしょう、井戸?元気良く水が放出されています。

その近くには小さな沼もありますよ。
鯉が泳いでいます。

P28801080411P28801080412高い高い一本杉?

一体樹齢何年なのでしょう?

その横には竹藪。

何だか迷子になりそう。

Photoそういえば、
この景色、
トトロの風景に似てますね。

特にメイが迷子になった風景に。

このあたりの道路は常にクネクネしていて、方向感覚が分からなくなるため、
自分が一体どの方向に向かっているのか、皆目見当がつかなくなります。

私はスマホを持っていて、GPSで自分の位置を確認しながら歩いていますが、
そうでないと、
さぞかし心細かったでしょうね。

ImagescahtlpubImagescamaaymc
まるでトトロの森。

P28801080385

こんな林道もあり、本当にトトロが出てきそうです。

P28801080380
突然、大きな沼が目の前に現れます。
高谷堰。

P28801080377P28801080381
カメ(写真で分かります?)が一杯います。
シロサギが、ここは俺の縄張りだと主張しています。

P28801080387花も木も動物も、
皆がニッポンの夏、昭和の夏を満喫しています。

これで、風呂入ってビール・・・
なんてことになれば最高なのですが、
そうはいきません。

そろそろ義母と妻の契約関係も終わる時間なので、
先の家に戻りましょう。
フラフラ出かけてなかなか帰ってこない私にイラついているはずですから。

また来るのでしょうか。

P28801080431近くを久留里線の列車が一両で通り過ぎて行きます。
東京から電車で1時間半位で来れる場所とは思えません。

ニッポンの田舎は
まだまだ健在です。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

炎天下の船橋港、海老川散策

なぜか今回は千葉県船橋。しかも妻からの発案。
というのも妻は船橋出身、お盆も近づいてご先祖様が故郷に呼び寄せたのでしょうか?
P27591010271
P27591010254とは言っても、私も漁港歩きが何より好きな私、
二つ返事でOKです。


まずはJR千葉駅からスタート。
それにしても暑い。

P27591010255クーラーの室外機から吹き出る暖かい風を左右から受け、歓楽街の路地を進みます。
夜はもっとウキウキする街並みなんでしょうね、でも真昼はただ暑いだけ。
もっとも妻はこれが船橋らしいとのこと。
JR船橋と京成船橋の間を通学通勤で毎日こんな狭い路地を往復していたとのこと。

P27591010256ほんの少し前までは京成電車は地上を走っていたと思います。
今は高架線。

船橋総合病院が見えます。
京成からでもJRからでも、良く見えますよね。

P27591010259宮本町に入ります。
何と、私が赤ちゃんの時、宮本町にある妻の実家に父と遊びに来たらしいのです。

話がそれますが、私の父と妻の父は昔旧制高校の時の同級生で、大の親友だったのです。
それが縁で妻と結婚したのですが、3年前に義父が癌が亡くなるまで、ずーっと親友でした。

P27591010261私のアルバムの最初のページは文字通り生まれた時の赤ちゃんの写真ですが、その次のページあたりに、
ここに遊びに来た時の写真があります。確か縁側で猫と遊んでいた写真だったと思うのですが。
でも妻はまだこの世に生を受けてなかったと思います。

P27591010260宮本町の街中をブラブラ歩きましたが、勿論どの辺が昔の実家だったか妻は知りません。
極普通の家並み。蝉が壮絶にないています。
別に深い理由はありませんが、太宰治もこの辺に住んでいたんですねえ。
案内が立っていました。

P27591010262ひたすら海老川沿いを歩きます。
水はきれいじゃないですね。

我が家の近所の柏尾川も境川も鯉が一杯泳いでいますが、多分海老川には泳いでないような気がします。

P27591010263
うだるような炎天下ではありますが、それでも川を見てると少しだけ涼しくなるような気がします。
川岸のプランターに咲いてるペチュニアが一瞬だけ暑さを和ませます。

P27591010268看板を見て知ったのですが、昔は随分水害がひどかったらしいですね。
水害の写真が一杯貼ってありました。
確かに、歩いてて水面がかなり高い位置にあります。ちょっと雨降ったら歩く位置より水面の方が高くなってしまうんじゃないかってくらいです。

P27591010266大神宮下の駅前。昔はこれも高架線じゃなかったとのこと。

今でも結構車が多いので、高架線じゃなかったら、さぞかし渋滞したでしょうね。

義父のお寺  寺もこの近くにあります。

P27591010273国道14号線を越えると、一気にそこは海。

私の大好きな漁港風景です。

自然豊かな田舎の漁港というより、街と港が渾然一体となった、街中の漁港。

暑さで思考力が最小化していくなか、ララポート方面に向かいます。

P27591010274そういえば、私が小さい頃、叔父さんに連れられて、船橋ヘルスセンターに遊びに来ました。
京成船橋駅からクーラーのない満員バスで来ました。
確か、ヘルスセンターは海水浴場にもなっていて、遊園地で遊ぶと同時に、海水浴をしていた記憶があります。
妻に聞いても、もうここからが本当の海だったとのこと。
京葉道路も湾岸道路も勿論なかったのですから。

P27591010276父母がイギリスに行き、弟と二人で海のない群馬県館林の祖父達の実家に預けられていた私は、海を見てはしゃぎまわったと記憶してます。
散々海水浴して、その後直線ジェットコースターという絶叫系の乗り物に乗ったのをはっきり覚えています。
今思えば、これが私のジェットコースター好きの始まりだったかも。

P27591010279今はララポートやイケヤがありますが、随分様変わりしたものです。
ララポートは妻と新婚時代に良く遊びに来ましたが、当時回転式の展望レストランは随分高いと感じたのですが、今はもっと高い建物に囲まれて、ちょっと窮屈そう。

P27591010281ぼーっと歩いていると、ようやく外海が視界に入って来ました。
まだまだずーっと先ですよ。

人間も随分埋め立てしてきたものです。
欲深なことです。

船橋排水機場のところから、水門を渡って対岸に行きます。
P27591010286この水門の道から陸方向を見ると、船橋の漁港が良く見えますが、どうも京葉道路が景観を邪魔してますね。場違いな巨大な芋虫という感じ。でも私自身数え切れないくらいここを通っています。
こんな素敵な景色の間を通っているという認識は全くありませんでしたが。

P27591010290更に海側に行くと、そこはもっと本格的な漁港。漁船も大きめ。
大きな漁協の建物もあります。
製氷施設もあります。

水門の内と外では同じ船橋漁港でも、全然違う趣を持ちますね。

ここからは引き返しましょう。

内側の漁港をぐるりと回り、京葉道路下に。
P27591010294P27591010295
そこでは、近所のオジサン達が釣りをしてましたよ。
何を釣っているのでしょう。
なぜか、わざと暗いところで糸を垂れていますが、きっと理由があるのでしょう。
暑いだけってこと?

P27591010298漁船と道一つ挟んだだけの自宅の玄関前で、漁師達が涼しい格好をして話こんでいます。
ビールを飲むには最高の環境ですよね。

昔ながらの日本の街並みを歩いて、駐車場に戻ります。

P27591010301さきほど遠すぎて断念した今の河口までついでに行ってみましょう。

ようやく海って感じですね。

昔ヘルスセンターで海水浴した海より遠く遥かに沖合いなのですが。

P27591010304汗びっしょり。
最初は船橋駅近くのスーパー銭湯湯楽の里にしたかったのですが、妻の現在の実家がある八千代台まで車で帰り、そこのスーパー銭湯やまとの湯に入ることにしましょう。たまには千葉県花見川歩き

たっぷり汗かいたから、きっと体重減っていることでしょう。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

犬吠埼ぎょうけい館~ホテル千倉

P2753000152銚子一人旅に続き、妻との外房旅行。銚子駅ですし詰めの特急を降りた妻をピックアップし、早速犬吠埼へ。
今日の宿泊は、ぎょうけい館。高村光太郎が智恵子抄を書いた宿です。

P2753000151宿は犬吠の海の目の前にあり、遊歩道を通って犬吠埼まで歩いて行けます。幸い今日も晴天、軽い運動がてら灯台まで歩きます。

親子連れ、カップル、リタイヤ夫婦と、平和な日本そのものです。

P2753000154一旦宿に戻ってチェックインを待ちます。それにしても、低層のきれいな宿ですよ。中もきれいで、落ち着いた雰囲気。部屋の目の前が海、なかなかありませんよ、ここまで海が迫った宿なんて。部屋も広く、ベッドもゆったり。
妻曰く「今までで一番良い宿かもしれない」。
昔、高村光太郎が他の宿に泊まっていた智恵子をぎょうけい館に連れ込んだ、というのも頷けます。

P2753000149夕食まで時間があるので、今度は別の方面を歩きます。妻が銚子電鉄に乗りたいと言うので、畑に向かいます。
銚子の3大産物って知ってますか?醤油、鰯、そして3つ目は?濡れ煎餅ではありません、キャベツだそうです。確かにキャベツ畑が一面に広がります。
P2753000150キャベツ畑の間をテクテク歩くと、銚子電鉄の踏み切り。おばあさんが犬の散歩をしてます。この辺、江ノ電に似てますね。

P2753000135程なく銚子電鉄外川駅に到着。
今日も観光客が一杯です。経営難とは思えない盛況を示しています。

外川駅から一駅隣の犬吠駅まで、乗ります。

P2753000155P2753000158
ぎょうけい館に戻ると、早速風呂。
これがまた大した風呂。
犬吠埼が露天風呂正面に見えます。また大浴場のすぐ下が海です。風呂からの景観といういう意味では、私の中でベスト3に入ります。
妻ではありませんが、絶対もう一度来たい宿になりました。

P2753000159部屋に戻ると夕食。
やっぱり夕食は部屋が良いですよね。

窓の外に広がる大海原を眺めながら、最高の海の幸つくしで、

乾杯!

P2753000167翌朝はゆったりしてられません。南房総の千倉までドライブ。地図を見てびっくり。同じ房総なのだから、ゆっくりドライバすれば良いや、と考えていたのですが、その距離が凄い。距離だけ見れば、鎌倉の自宅に帰るのと、あまり変わらないくらいの長い距離。まして今日は連休中。渋滞が予想されます。気に入ったぎょうけい館に少しでも長くいたい、という気持ちを抑え、醤油のベンチで一休みするや否や、早速出発です。

屏風ヶ浦を越え、九十九里を越え、意外と調子よく来たかな、と思いきや、大原で完全に渋滞に突入。
御宿、勝浦、小湊、鴨川、と景色の良いドライブを楽しみにしてたのですが、断念。海を離れ山に向かいます。
大多喜、養老渓谷、亀山湖と房総のセンターをくねくね走り、何とか鴨川。渋滞は鴨川に入る道だけ、
まあまあの出来でしょう。

P2753000180そして千倉。
ホテル千倉にチェックインします。
4階の海側の部屋で、眺めも悪くはありませんが、クオリティー感はぎょうけい館とはかなり違います。
P2753000170
さて、休む間もなく、ハイキング。長い長い砂浜のハイキングロードをひたすら歩き続けます。ハマナスでしょうか?清楚な花が砂にまみれた海岸に咲いています。

P2753000173P2753000175
P2753000172千倉港に到着。銚子のような活気はありませんが、古き良き地方の漁港の雰囲気を醸し出しています。
こういうやや朽ち果てる建物が居並ぶ、デカダンスの香りする港が私は好きです。

漁協の建物。現役でしょうか?味がありますね。

妻、というより私の根性が切れ、帰りは漁協前の店からタクシーを呼んでもらい、ホテルに戻りました。
そして楽しみな風呂。これはなかなか。
P2753000179大浴場の目の前が海ですが、良く良く見ると、ガラスがありません。
正面ガラスを全開にしてるのです。これはユニーク!
内風呂なのか、露天風呂なのか、微妙な感覚です。楽しいですね。

P2753000182夕食は、海の幸ですが、私の大好物のアワビがオンパレード。イセエビもあり、料理だけだったら、ぎょうけい館より好きかも。
今日もまた乾杯!おめでたい夫婦ですね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

銚子一人旅:大新旅館~銚子電鉄

今年はゴールデンウィーク何しようかな、と考えた時、意味もなく銚子が思い浮かびました。後半二泊は妻が付き合ってくれますが、前半は一人。よーし、銚子から犬吠を経て、廃線の噂もある銚子電鉄に乗ろう・・・・これが今回のオヤジ一人歩きです。
P2752000079
P2752000064宿泊は、由緒あると言われる大新旅館。
朝食付き一泊7000円。
二泊します。

島崎藤村や国木田独歩等の文学ゆかりのある旅館、さすがに歴史を感じさせる古い宿。
バーやサロンもあるのですが、今は使われていません。往年はさぞかし賑わったのでしょう。
P2752000063ぎしぎし歩くと音のする廊下の奥には、さすが醤油の街、
ヤマサ醤油とヒゲタ醤油の商品陳列。

初日は街中をブラブラ、醤油工場や漁港を散策。

P2752000084さて、いよいよ二日目。スーパー歩きです。かなり長い距離になりそうです。幸い天気は雲一つない快晴。
足取りも軽く宿を出発。
まず出会うのが銚子漁港。もう少し朝早ければマグロの競りをやっている場所です。

P2752000088マグロはやっていませんでしたが、鰯は水揚げの途中。日本人のお兄さんが、どこかの国のお兄さんを怒鳴りながら網を片付けています。漁師の世界も外国人なしでは成り立たないのですね。宿の仲居さんよると、銚子の街の工場にも中国人女性が一杯いて、大変な働き者なようですよ。

P2752000092良く見ると、取ったばかりの魚を焼いています。
コンロの上に魚やイカを無造作に並べています。

小腹を空かせた漁師達が、食事時まで待てずにまずは自ら賞味というところでしょうか。
見かけよりはるかに美味しいのだと思いますよ。

P2752000102ところでこんな看板。
何をタレ流すのだと思います?

それは鰯です。朝部屋の窓から通りを見てると、次々と鰯を満載したトラックが通り過ぎて行きます。鰯を振り落としながら走るのです。今は少ないとのことですが、仲居さんの話では、以前は道路至る所に鰯が落ちており、それを車が轢くから油で車がスリップしたとか。安全性の面もさることながら、臭いも凄い。
P2752000098
道路には鰯は落ちてませんが、漁港の岸壁には嫌という程鰯が落ちています。猫も食わない程です。
たまにカラスがまだきれいな鰯を持ち去って行きます。
P2752000099P2752000100
上右のオジサン、何やってると思います?持ってるのは、雪かき。
道路に落ちた鰯をすくってトラックの上に投げているのです。
鰯って、何か哀れですねえ。とてもつい先ほどまで生きていた魚だとは思えません。

P2752000104それにしても、銚子という街、いくら歩いてもいくら歩いても漁港と鰯。第一漁港、第二漁港、第三漁港と漁港が続きます。
漁港のある情景は、私が最も好きな情景ですが、これだけ続くとさすがに飽きます。
そしてその漁港が途切れるあたりが、かの大利根川の河口。利根川自体銚子の街から見ると海のようですが、この利根川が風格を失わないまま太平洋へと溶け込んで行きます。

P2752000103漁港がようやく終わる辺りにポートタワーとウォッセという観光施設があります。
駐車場が車で溢れています。
上ると随分眺めの良さそうなタワーですが、本日の趣旨は観光ではなく、根性歩きですから横目に見ながらも、ひたすら前進。

P2752000106風雪に晒された宿?漁師宅?が朽ち果てています。
かつては漁師達や家族が暖かい団欒を営んでいたに違いありません。
廃屋自身、かつて自らの中で溢れていた人の歓声や釜の火を懐かしく思い起こしているはずです。
人間が作ったものは、人間がちゃんとケアし使い続けないと、自然に帰って行くのですね。
間もなく完全に崩れ大地と草に埋もれそうです。

P2752000107P2752000109
海岸の散歩道を歩き続けます。長閑な初夏の海。そよ風がほてった体を冷やします。また日焼けしそう。
でも、この瞬間がオヤジ一人歩きの醍醐味です。

P2752000110P2752000113
海鹿島海水浴場です。それにしても、この海の家??現役なんでしょうか?風情はあるのですが、ちょっと怖い。床が抜けそう。でも、いかにもニッポンの夏に相応しい佇まい。

P2752000117そこからは君ヶ浜しおさい公園。
ゆったりとした砂浜が続きます。浜辺で人それぞれに気持ち良い連休を楽しんでいます。
キャンプしてる人もいますね。
バーベキューの臭いも・・・・・・うー、旨そう。

27521000122
砂浜では元気なニッポンの少年達が波に勝負を挑んでいます。
その向こうでは犬吠埼灯台がコイノボリを風になびかせ、まさに絵に描いたようなニッポンの子供の日。
少子高齢化なんてクソ食らえ、ニッポンの未来はまだまだ明るい?

P2752000126そしてとうとう犬吠埼灯台へ。
それにしても凄い混雑。
この灯台は日本で一番高い灯台だそうですが、確かに大きい。
上まで上れるのだそうですが、人が多すぎ入場制限中。灯台の入口からずーっと長い行列が続いています。そこまでして上るまでもないか。
またここは「地球が丸く見える!」がキャッチコピーの場所です。
確かに左右180度以上水平線という景色は他ではなかったかもしれあません。言われてみると本当に水平線が直線でなく、弧を描いているようにも見えます。写真ではどうしても撮れませんが。

P2752000127犬吠埼からは明日妻と宿泊予定のぎょうけい館が見えます。そのぎょうけい館も越え、長崎海水浴場に向かいます。ここはずーっと以前のNHK連続テレビドラマ澪つくしの中で沢口靖子が網元の息子(名前は忘れました)と出会った場所だとのこと。海岸の道では、べったり自家用車が駐車して、家族連れが海遊びをしていました。羨ましいですね。私には終わった日々ですが。

P2752000130そろそろ海歩きも終わりです。日もやや傾いて来ました。
(写真も傾いている?)
しばし休息。

頑張って、石畳を上ると、そこは何と電車の駅!

P2752000076有名(?)な銚子電鉄外川駅です。

澪つくしの舞台ということでも有名ですが、
今日日は経営難で廃線の危機にある銚子電鉄ということで有名です。
P2752000075何しろ枕木等も鉄道としての安全基準が満たされないため、取り替えないと運行も出来なくなる、という危機的状況らしいです。この間、テレビで枕木を一本一本手作業で取り替えている様子を見ました。

そうなると是非乗ってみたくなるのが人情というもの。今回の旅の大きな狙いもこれでした。
P2752000074早速乗ると、まるで江ノ電のようなゆったり走行。人家ぎりぎりの所を走るのも江ノ電のよう。それに、江ノ電より心持車体の揺れが大きいような感じ。
でもキャベツ畑の間をギーギー音を立てて走るレトロ電車はやっぱり楽しい。期待通りです。

この日は何と3万歩!記録ものかも。ちょっとは痩せたかな。
大新旅館の風呂に入り、近くの食堂へ。
P2752000083P2752000142
そして、長かった一日の〆は、宿の部屋の目の前に設営された屋台ラーメン。
夜の岸壁の上での暑きラーメン一杯550円は、疲れを癒してくれます。
今日はぐっすり眠れそうですね。

| | Comments (2) | TrackBack (2)

たまには千葉県~花見川

妻の実家が千葉市です。
前前から歩きたいと思っていた花見川。
頑張って花見川渓谷と呼ばれる(地元のみ)やや上流っぽい所から
河口まで歩きます。
3時間程度のちょっと長歩き。でも最後は勿論スーパー銭湯。
千葉でもどんどん出来ているようです。

出発点は有名な高野台カントリークラブの横から。
白蛇さんをまつった祠があります。

渓谷の名に相応しい(?)景観。
Dscf0073.jpg

開けてきました。
ここでちょっと一休み。川はちょっと見えにくいのですが、すぐ先を流れています。
釣り風景等なかなかいい味出している風景ですが、疲れてきて写真取るのを忘れていました。
Dscf0074.jpg

京葉道路、京成線、JR線(総武線)とくぐると、
河口が近づいてきます。
Dscf0077.jpg
河口近くのJR京葉線。


さあ河口。
Dscf0085.jpg

日曜午後ののどかな稲毛海岸。
Dscf0086.jpg
スーパー銭湯までは、京成稲毛駅、京成津田沼駅、京成八千代台駅と乗り継いで、
八千代台駅すぐ横のスーパー銭湯「やまとの湯」。向かいの寿司やも行けてます。
では「良いお湯を」。

| | Comments (0) | TrackBack (0)